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明良が日野の実家を出て一人暮らしを始めたのは、かけ子リーダーを任され始めたころのことだった。
実家を出たのは母親が明良に対して「何かいかがわしい仕事をしているのではないか」と疑い、時々問い詰めるようになってきたからだった。
全く仕事が無く実家でごろごろしている時期があれば、ハコヅメにされて二~三ヶ月間土日以外帰って来ない時期もあるというのでは、母親が「おかしい」と思うのは当然であった。明良は自分が今勤めているのは建設会社で、建設のプロジェクトがあるたび地方に狩り出されるからそういう勤務形態になるのだ、と弁明していた。すると母親は建設会社の仕事なら作業着なりなんなりを着ていくのが普通だろう、なのにあんたは塾の時と同じくスーツを着て行っている、おかしい、と返す。明良は、自分は作業員ではなく、作業員たちを指示したり顧客と打ち合わせしたりする役目だからスーツでいいのだ、と逃げる。母親は、資格も無い、専門的な教育も受けていないあんたがそんな専門職に就けるはずがない、と更に突っ込む――。
とまあ、こんなやり取りが繰り返されることにうんざりして、明良は実家を逃げ出したのだった。中野駅徒歩10分の1Kのアパートを借りた。
果歩と関係を持ったのもこのころだった。
かけ子リーダーを任じてから初めてのハコヅメを成功させた後、果歩が「二人きりで飲みたい」と言ってきて、池袋の韓国料理店でサムギョプサルを食べた。すると果歩に、
「ちょっと休憩していかない?」
と言われ、近くのラブホテルに連れて行かれたのである。
明良はそれまで女性経験が無かった。果歩に夢中になった。
それから度々果歩と寝るようになった。特にハコヅメが終わった後には必ず、彼女と食事をして事を為すのが定例になった。
リーダーになってから三回目のハコヅメ(この小説の前章で一部を描写したハコヅメである)が済んだ後だった。二人はまたラブホテルの一室にいた。事が済んで、広いベッドに並んでうつぶせになってビールを飲んでいた時、明良は言った。
「話があるんです」
「うん?」
果歩はその甘い、ハスキーな声で相づちを打った。
「白崎さんには言ってあるんですけど、来年から大学院に戻るのでもう少しで会社を辞めさせてもらおうと思っています。今再入学の手続きを進めているところです。それで、それで――、果歩さんが良ければ、僕が大学の研究員になれたら、白崎さんと別れて僕と結婚してくれませんか」
「……」
「果歩さんのことが好きなんです」
女性経験の少ない明良は純粋だった。純粋で恋愛に未熟で、短絡的だった。
果歩は「ふふっ」とあざとく笑って、コンビ二で買ってきたコロナビールを一口飲んだ。
「会社辞めたら会えなくなるでしょ、私たち」
「? それはだから、僕が研究員になれたら一緒に住んで――」
果歩はビール瓶をベッドのヘッドボードに置き、そのそばにあったスマートフォンを取った。そして何か操作をし、明良に画面を見せてきた。
明良と果歩がベッドで寝ている写真が写しだされていた。明良は眼鏡を外し、目をつぶって仰向けに眠っていた。みっともなく口が開いていた。果歩はその隣で肩まで白いシーツを被り、鎖骨を艶かしく露わにしている。細い腕を空中に伸ばし、写真を自撮りしていた。
「これ白崎に見せたらどうなると思う? 会社辞めるなら、私これ白崎に見せちゃうけど」
今度は明良が黙る番だった。
「殺されるよ、新城くん」
「殺されるって、そんな、いくらなんでも」
「信じられない? これまでも三人やってるんだよ、あの人。殺されたくなかったら、仕事は辞めないでね。分かる?」
明良は写真を眺めながら、意識が若干遠くなりかけた。自分とこの人は全然別の方向を見据えていたのだ、と感じた。そうして立っている地点というものも、そもそも全然違ったのだ。
「こうして休憩するのは、がんばってくれてる新城くんを癒してあげたいなあって思っていたからなの。あなたのこと嫌いじゃないしね。これからもハコヅメが済むたびに一度くらいなら、していいから。だからさ、会社辞めるなんて寂しいこと言わずに、これからも一緒にがんばろうよ」
明良が大学院への再入学の手続きを中止して、代わりに風俗にはまり始めたのはこの直後だった。それはデリヘルからソープへ、そして最終的にはキャバクラのホステスを金にものを言わせて落とし、寝る、というところへ行き着いた。明良が狙うのはいつも顔か雰囲気がどこか果歩に似た派手なホステスだった。
仕事が無い期間はもちろん、ハコヅメにされている期間も、休日はしょっちゅうキャバクラに通うようになった。中野の1LDKのマンションへ更に引っ越した。ホステスを落として家に呼ぶ際、アパートでは格好がつかないからだった。
気がつけば月平均で均すと収入より支出が多くなっていた。大学院に行くために貯めた貯金が減りだした。
(僕は何をしているんだろう。僕は何がしたかったんだっけ)
キャバクラに行く前にATMから金を下ろす時、明良はふとそう考えこむことが多くなった。




