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2-2

 それから半年あまり経った九月、明良は組織所有の黒のトヨタ・ハイエースにハコヅメにされていた。明良がかけ子リーダーになってから、三度目のハコヅメだった。


 「ハコヅメになる」というのはかけ子たちが自動車で移動しながら、車内で電話を掛け続ける詐欺行為を指す。


 この時ハイエースには主に運転手を担う明良の他に三人のかけ子がいた。彼らは三列シートの一列ごとに一人ずつ座り、スマートフォンとタブレットを使って延々と詐欺電話を掛けるのだった。ハイエースは本州中の高速道路を地方から地方へと走り回り、夜はビジネスホテルに宿泊。警察に探知されないよう、飛ばしのスマートフォンとSIMカードは時々川へ捨てる。そんなルーティンを月曜日~金曜日まで延々とこなし、土日になると明良たちはそれぞれの住居に帰り、休養する。この日々を二~三ヶ月間続け、詐欺の売り上げをあげるのだ。


 かけ子の拠点を車にしていたわけは警察の逆探知を避けるためである。警察は詐欺電話を掛けた電話機の電波の発信地点から、詐欺グループの位置を探知することができる。しかし車で移動し続ければその発信地点も移動してしまうわけで、そうなると詐欺グループの居場所を捉えるのは非常に難しくなる。


 以前は特殊詐欺グループのかけ子の拠点は、貸オフィスの一部屋を利用するのが一般的だった。しかし近年このオフィス型の拠点は警察の逆探知による摘発が相次いだため、詐欺グループはオフィスではなく自動車を拠点に使うことが多くなった。明良の所属する組織も、その流行りに習ってこうしてハイエースを使い、詐欺電話を行うようになった、というわけであった。


「刺さりました!」


 明良がハイエースを法廷速度ぴったりの八〇キロで走らせていると、三列シートの二番目で電話をしていた吉田という二十歳そこそこのかけ子が小さく声をあげた。


「おめでとう。すぐ客(被害者)の情報を佐々木さんに送ってください」


「はい」


 吉田は無邪気に指示に従った。


「じゃあ今掛けている電話で、皆いったん架電(電話を掛けること)を止めて」


 明良は運転のため前を向いたまま、それぞれ電話をしている者の電話に響かない程度の大きさの声で言った。


 数分後、三人全員が電話を終了すると、


「吉田さん、四件目アポ獲得です!」


明良が声を張った。ぱちぱちぱちぱち。吉田と明良以外の二人の拍手が響く。


「じゃあ、三河さん、助手席からご祝儀を取ってください。吉田さんへ」


 明良が一番前の後部シートに座っていた三河というかけ子に声をかけた。三河が助手席から黒のウエストポーチを取る。中には八十万円近くの五千円札の束が入っている。三河がその中から一枚を取り、吉田に渡した。


「あざっす!」


 吉田がいかにもうれしそうに、元気に感謝を述べる。


「じゃあ、引き続きどんどんいきましょう!」


 明良がそう発破をかけ、すぐ電話を再開させた。


 このウエストポーチに入った金は、明良の持ち出しだった。刺さった(被害者が騙された)電話一件ごとに、五千円のご祝儀を渡す。かけ子リーダーになった明良が独断で始めたことだ。短くても八週間、車の中にこもりきりになって詐欺電話を掛け続けるという作業は、精神的にも肉体的にも相当辛い労働だ。それを支えるのが、このハコヅメが済めば高い報酬をもらえるのだという期待感である。その一端として少額ながらその場でご祝儀がもらえれば、しんどい空気の漂いがちな車内を明るくし、かけ子のモチベーションを高く保てるのではないか。そう明良は考えたのであった。


 もちろん、電話に被害者が騙されたとしても、その全案件で金が回収できるわけではない。受け子、出し子の登場するフェーズで取りこぼしてしまう場合も少なくない。しかし金が回収できたか否かに関わらず報酬を渡すことが、かけ子たちのモチベーション維持に繋がると明良は考えていた。またそれは自身もかけ子プレーヤーを一年半行ってきた明良だからこそ持てる、部下たちに対するねぎらいの気持ちの表れでもあった。そして、多額の現金を助手席のウエストポーチにぽんと置いておくことが、かけ子たちに高報酬が待っているのだという夢を見させる仕組みにもなっていた。


 明良はこのころには詐欺電話のトークスクリプトの作成を全て任され、更に受け子の被害者宅への訪問マニュアルも、トークスクリプトと連動させたものを作成していた。警察や市役所職員を騙るものからクラシックなオレオレ詐欺まで、そのトークスクリプトとマニュアルは多岐に渡った。そうして一つの被害者名簿に対して様々な角度の嘘の電話を掛けさせ続け、しつこく詐欺を成功させていくのだった。


 こんな明良への部下のかけ子たちの信頼は自然と厚くなっていった。運転に疲れた明良が運転手を交代し、後部シートに移って電話をする時など、どんなトークをしているのか技を盗もうと、かけ子たちが電話を止めて耳を澄ませることもしばしばだった。「もっとブラックな職場だと思っていました! なんていうか確かに仕事はブラックだけど、雰囲気はホワイトですね」そんなことをのん気に言う新人プレーヤーもいた。明良を慕い、何度もかけ子を担ってくれるプレーヤーも出てき、定着率が上がってリクルーターの果歩の負担が減った。


 この二〇二二年九月~十一月の約三ヶ月間に行われたハコヅメで、明良たちのかけ子部隊は組織が立ち上がって以来なされたハコヅメの最高売り上げ、七千万円近くの売り上げを記録した。


 もちろん明良は詐欺行為を心から喜んでしていたわけではない。良心の呵責はまだあったし、倫理道徳心も鈍くはなったものの完全に失ったわけではなかった。しかし、自分に妙なところに才能があって、それを目いっぱい発揮できているという実感は抱いていた。そうしてそのこと自体には――決して悪い気分はしないのだった。

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