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4-1

 すごく風の強い日だった。


 JR東北本線K駅前のしみったれた商店街の路上では、北風に吹かれて様々な物が吹き飛ばされていた。商店街の道路にはなだらかな勾配がついていて、その坂の上から下に向かって風は吹いていたから、それも相まって次から次へと物が流されていくのだった。


 新城(にいぎ)明良(あきら)は商店街の中ほどに位置する寿司屋の小上がりから、店前の道路を物が流れていく様子を眺めていた。


 明良のいたのはいわゆる町寿司で、カウンター席が六席、小上がりのテーブルが二つだけというささやかな大きさの店だった。明良は小上がりの、店の入り口と斜め正面に対する席に座っていた。入り口の右脇の壁には障子のついた腰高窓が一つあり、この時障子が開けられていた。その窓は明良の席と正対する位置にあったから、そこから道路がよく見通せるのだった。


 明良は特上寿司をゆっくりつまんで熱燗をちびちびすすり、向かいに座る連れの話に適当に相づちを打ちながら、ぼんやり窓の外を見ていた。


 本当にどこから流れてくるのだろうと不思議に思えるくらい、雑多な物が緩やかな坂を転がっていた。


 小さな無数のゴミくず。枯葉。木の枝。新聞紙。青いバケツはがらがらがらと大袈裟な音を立てて坂下へ転がっていった。派手な色合いのチラシ。空の植木鉢。多分「FRIDAY」だろう、薄い週刊誌は艶かしい水着を着た女性のグラビアページをこちらにちらちら見せつけながら、ゆっくり流れされていく……。


「ふふ、新城くん、聞いてないでしょ?」


 向かいから発せられたハスキーな甘い声に、明良はハッとして薄赤くなった顔をそちらへ向けた。


 果歩(かほ)は四十手前とは思えないきめ細やかな肌をした両頬に、えくぼを浮かべていた。


「ああ、すみません」


「いいけど。一昨日あがったばかりだもんね。やっぱりハコヅメは大変?」


 果歩が大して怒っているわけでもなさそうだったので、明良は「ええ……」と鈍く相づちを打って、それから、


「そうですね、一昨日、昨日と良く寝たつもりだったんですけど、最近は一日二日じゃ疲れが抜けなくなってきました。齢ですね」


話を合わせた。果歩はその返答にはは、とやはりハスキー声で笑ってから、泡の消えたビールに口をつけ、


「でも今回も新城くんのおかげできちんと黒が出て……。本当ありがとね! どうする? このあと休んでいく?」


と一息に言った。


 明良は、


「いえ、皆さんがんばってくれましたから」


とだけ言って、返答を延ばし、答えを考えた。


 今度もらう報酬で、院へ戻る資金は貯まる予定だ。今度こそ貯金を切り崩さないようにしなければ、そしてこの人の誘惑を断たなければ……。そう一方の頭で思いつつも、一方では、もうここまで来てしまったら今日この人の誘惑に身を任せても、どっちみち一緒ではないか、だったら……。とも考えてしまうのだった。


 明良から見て左手のカウンターでは、初老男性の一人客が若い板前相手にゴルフの話をしていた。初老男性はさきほどからアジを二貫、しめ鯖を二貫、中トロを一貫、というふうに品書きにない単品の握りを思いつくまま頼み、熱燗と共に食していた。明良はちらりとその客を見て、いつか自分も寿司屋でああいう食べ方をしてみたいものだ、と一瞬思った。


 そして目を再び正面の窓に向けた。疲れと酔いで意識はぼうっとしていた。


 窓の外には相変わらず色々な物が吹き飛ばされていた。中身の半分入ったコカコーラ・ゼロ500mlのペットボトル。空のコーン缶。季節はずれのTシャツにパンティ・ストッキング。片腕のもげた小さなクマのぬいぐるみ。古い三輪車。


 それらは明良から見て窓の右側からやってきて、左側へと転がっていき、やがて窓枠の外に消えていく。風はどんどん強くなってきているようで、びゅーびゅーという風音と、店の建物のどこかがガタガタいう音が鳴った。風が強くなるにつれ、(どうしてこんな物まで)と思わされる物が風に運ばれていく。


 その時だった。


(きゃはははは)


という微かな笑い声と共に、水色のベビー服に身を包んだ赤ん坊が地面に直に寝転んで、ころころころころ、坂の上から下の方へ転がっていくのが見えたのである。


 明良は咀嚼していた赤貝の握りを、ほぼ丸のままごくりと飲み込んだ。ワサビの辛味が鼻腔に広がった。

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