第九話 北の狼の牙
第九話では初めて宿敵アールヴの視点を描きました。
彼の背景、冷静な戦略思考、そしてカエソへの個人的な感情を描くことで、単なる敵ではなく物語のもう一人の主役としての存在感を強めています。
雪原の奥、厚い毛皮で覆われた大きな天幕の中に、アールヴは立っていた。
彼の前には、十数人の部族長が円を作って座っている。
焚き火の煙が天幕の天井に渦を巻き、獣の皮の匂いが濃く漂っていた。
「南のローマ軍は、数では我らより多い」
年老いた長が言った。
「だが、お前は彼らを押し返せると思っているのか?」
アールヴはゆっくりと頷く。
「数では劣る。だが、数で勝っていた時代に我らは敗れ続けた。
今必要なのは力ではなく、喉笛を噛み切る牙だ」
彼は地図代わりの木板に刻まれたドナウ川と森を指でなぞった。
「補給路を断つ。川の渡し場を押さえ、兵糧と情報を奪う。
ローマ軍の大きな牙を、飢えと混乱で抜き取る」
部族長の一人が笑った。
「だが、ローマの百人隊長は強いぞ。特にあの片目のウルスと、若い兵士……名はカエソだったか」
その名を聞いた瞬間、アールヴの表情がわずかに変わった。
「……あの盾と剣の動き、忘れられん。次に会えば必ず仕留める」
夜になると、アールヴは天幕の外に出た。
雪原の向こう、南の空に赤い光が揺れている。
「待っていろ、ローマの剣。お前を倒す時こそ、我が牙が帝国の喉笛に届く時だ」
敵視点の回を入れることで、戦記としての厚みと緊張感が増します。
アールヴはただの野蛮な敵ではなく、知略と目的を持った指揮官として成長していきます。
次回はローマ軍側に視点を戻し、補給路防衛戦が開幕します。
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