第六十八話(第85話) 群衆の暴走
来ました! 帝都がついに暴走!
てか、久しぶり!
群衆が英雄か獣かでぶつかり合うシーンは、書いていても緊張しました。
やっぱり群衆心理って一度火がつくと止まりませんね。
翌日、帝都の大通りには異様な熱気が渦巻いていた。
人々は掲げられた布や板に「狼を称えよ!」「獣を縛れ!」と二分した叫びを書き連ね、互いにぶつかり合っていた。
「帝都の狼は我らの英雄だ!」
「いや、奴は血を好む怪物だ!」
拳が飛び、罵声が飛び交い、やがて石が投げられた。
民衆はいつしか議論ではなく、暴力で真実を決めようとし始めていた。
——
兵営に急報が届く。
「隊長! 広場で群衆が暴動を起こしています!」
ルキウスが顔を歪め、叫ぶ。
「ちくしょう、奴らにとって真実なんてどうでもいいんだ! ただぶつかりたいだけじゃねえか!」
クラウディアは冷静に地図を睨み、判断を下す。
「影の同盟が裏で火をつけている。群衆同士をぶつければ、どちらに転んでもカエソが責任を負わされる……そういう狙いよ」
ヴァレリアは剣を握りしめ、不敵に笑った。
「なら暴走した群れを、狼が叩き伏せればいい。簡単なことだ」
だがカエソは首を横に振った。
「違う。剣で民を斬れば、俺は本当に獣になる。
狼が守るべきは群れだ――たとえその群れが争っていようとも」
——
カエソは兵を率い、大通りへと向かった。
そこではすでに数百人の群衆が激突し、瓦礫と血で道が覆われていた。
「止めろ! 互いを殺すな!」
カエソの怒声は通りに響いたが、暴走した群衆の耳には届かない。
石が飛び、松明が投げられ、店が炎に包まれる。
「もっと燃やせ! 狼の獣性を暴け!」
どこかで影の同盟の扇動者が叫んでいた。
——
「やむを得ん!」
ルキウスが盾を構え、群衆を押し返す。
クラウディアは矢を撃たず、代わりに叫ぶ。
「落ち着け! 影に踊らされるな!」
ヴァレリアは剣を振るうが、刃は人にではなく瓦礫を砕いて道を切り開いていた。
「こっちに逃げろ! 狼が道を作ったぞ!」
——
カエソは群衆の中央に立ち、炎の中で叫んだ。
「俺を信じる者も、疑う者も! 俺は民を斬らん!
影こそが敵だ! 狼の牙は、群れを守るためにある!」
その声は徐々に暴走する人々の心に届き始めた。
だが同時に、影の同盟はさらなる罠を仕掛けていた。
——
【解説】
古代ローマではしばしば「民衆の暴動」が政治的に利用されました。
広場や通りでの衝突は、派閥が裏で扇動した結果であり、暴徒化した民衆が街を炎に包むことも珍しくありませんでした。
ネロ時代の暴動や後世の軍人皇帝時代の混乱も、その典型です。
カエソは「民を斬らない」という決断をしましたが、その選択がどんな結果を呼ぶのか……。
次回は、影の同盟が暴動の裏で仕掛けた新たな策が明らかになります。
さらに混乱する帝都の行方を、ぜひ楽しみにしていてください!