第六十三話(第80話) 沈黙の議員
捕らえた議員がどう動くか……今回は一気に緊張感を高めてみました。
やはり「影の同盟」は簡単にはほころびを見せませんね。
血の匂いが濃く漂う路地裏。
倒れた黒衣の刺客たちの死体を背に、カエソは捕らえた議員を石畳に押し付けていた。
「吐け。影の同盟とお前の繋がりを。名を、場所を、全てをだ」
議員の額から汗が滲み、唇は小刻みに震えている。
だがその目は、不思議な静けさを帯びていた。
「……お前には、何も分からん。
影は……永遠だ。狼ごときが噛み砕けるものではない」
「何?」
カエソが眉をひそめる。
——
クラウディアが前に出て、冷ややかに矢尻を突きつける。
「まだ口を閉ざすつもり? あなたが沈黙しても、私たちは必ず証を掴む」
ルキウスは苛立ちを隠せず、議員の襟を掴んで揺さぶった。
「てめえらのせいでどれだけ血が流れたと思ってる!」
だが、議員は冷笑した。
「血……それこそが我らの糧だ」
——
次の瞬間、議員は口元に隠していた小瓶を砕き、中身を一気に飲み干した。
「しまっ――!」
ヴァレリアが手を伸ばしたが遅かった。
議員の口から泡が溢れ、全身が痙攣し始める。
毒だ。
「っ……やめろ! まだ聞き出すことが――!」
カエソが叫ぶが、議員はすでに青ざめた顔で石畳に崩れ落ちていた。
最後に吐き出した言葉は、かすれた声だった。
「影は……帝都そのもの……」
そのまま瞳から光が消えた。
——
沈黙が流れた。
ヴァレリアが舌打ちする。
「チッ、口封じか……周到な奴らだ」
クラウディアは悔しげに矢を収め、低く呟いた。
「影は、自らの手で証を潰す……徹底してるわね」
ルキウスは拳を壁に叩きつけた。
「これじゃ、何の証拠にもならねえ!」
カエソは議員の亡骸を見下ろし、静かに言った。
「影は帝都そのもの……最後にそう言った。
つまり奴らは……元老院だけではない。帝都全体に根を張っている」
その声には怒りと決意が混ざり、夜の空気を震わせた。
——
【解説】
古代ローマでは、陰謀に関わった人物が捕らえられても「沈黙の誓い」を守るために毒を飲む例が多く記録されています。
有名なケースとしては、元老院議員や反乱者が捕縛直後に自害する例がありました。
それは「仲間を守る」だけでなく、「証拠を残させない」ための徹底した策でもありました。
毒を飲み、自ら口を閉ざした議員。
これで証拠は絶たれましたが、逆に「影の同盟」の徹底した恐ろしさが明らかになりました。
次回はこの事件が帝都にどう伝わり、民衆と元老院にどんな波紋を呼ぶかを描きます。
どうぞご期待ください!