第五十話(第67話) 勝利の代償
今回は戦後の処理を描きました。
勝ったはずなのに、雪に眠る戦友を前に涙する兵士たち……これこそ戦争の現実ですよね。
カエソの答えも重く、でも彼らしいものでした。
雪原の戦いが終わり、ゲルマン戦士たちは森の奥へと退いていった。
だが残された戦場は、勝利の歓声に満ちているわけではなかった。
無数の倒れた兵、血に染まった雪。
寒風が吹き抜ける中、カエソは戦死者の列を前に立ち尽くしていた。
「……この数では補給も間に合わぬ。故郷に戻ることすら叶わぬ者が多い」
クラウディアの声は冷静だったが、その瞳はわずかに揺れていた。
ヴァレリアが無言で剣を地面に突き立て、雪を睨みつける。
「勝ったはずなのに、胸が重い」
——
兵士たちは戦友の亡骸を雪に埋めながら、声を押し殺して泣いた。
「隊長……あいつは俺の幼なじみで……」
「兄貴分だった奴が、こんなところで……」
その声を聞きながら、カエソは言葉を失っていた。
勝利の雄叫びではなく、兵たちの嗚咽が戦場に響く。
やがてルキウスが近づき、震える声で言った。
「隊長、兵は皆、あなたを英雄と呼んでいます。
でも……俺たちの心は、どうすればいいんですか」
カエソはゆっくりと答えた。
「英雄と呼ばれるより、共に生き延びたい。
だが俺は狼だ。群れを守るためなら、また牙を剥かねばならぬ」
その言葉に兵たちは静かに頷いた。
彼らは涙を拭い、再び歩き出す。
——
数日後、戦場の勝報が帝都に届く。
「帝都の狼、北方に勝利!」
市民は歓喜し、カエソの名はますます広まった。
だが元老院の議場では、囁き声が飛び交っていた。
「英雄は危険だ……」
「いずれ皇帝を狙うのでは……」
勝利の影で、新たな陰謀が芽吹き始めていた。
——
【解説】
古代ローマの戦争は「勝利しても損失が重い」という現実が常に伴いました。
北方戦役のような遠征は補給が難しく、戦死者や凍死者が多数出ます。
兵士たちが「勝利よりも帰還を望む」という姿は、史料にもよく見られる光景です。
そして勝利した将軍は必ず「次の皇帝候補」として元老院や貴族から警戒されました。
北方戦役はローマにとって一つの勝利でしたが、その代償は決して小さくありません。
そして、この勝利がカエソの名声を高めると同時に、新たな陰謀の火種を帝都に運んでしまいます。
次回はその「帝都の反応」と「次の陰謀」に焦点を当てて描いていきます。
戦場の血と、帝都の闇――物語はさらに熱を帯びていきます!