第六話 刃の記憶
第六話では、主人公カエソと宿敵アールヴが初めて直接刃を交えます。
互いに決着はつかず、しかし強烈な印象と火種を残す出会いとなりました。
この戦いは、二人の間に長く続く宿命の始まりです。
太鼓の音が森を震わせた。
北の狼の戦士たちが、一斉に雪を蹴立てて突進してくる。
丸盾を前に、長槍を突き出すその動きは、蛮族という言葉では片付けられない練度を感じさせた。
「盾を固めろ! 間を空けるな!」
ウルスの怒声が響く。
カエソはスキュタムを押し付け、隣の兵士と壁を作った。
衝撃が走る。
槍の穂先が盾の縁をかすめ、頬に浅い傷を刻んだ。
熱い血が頬を伝うが、痛みは感じない。
正面から金髪の若い戦士が歩み出る。
冷たい青い目でカエソを見据え、短く言った。
「ローマの剣よ、俺の名を覚えろ。アールヴだ」
次の瞬間、刃が閃いた。
アールヴの槍を受け流し、カエソは短剣で反撃する。
だが相手は軽やかに後ろへ跳び、槍を横薙ぎに振るった。
盾に重い衝撃が走り、腕が痺れる。
互いの呼吸が近い。
雪と土が跳ね、木々の間に金属音が響く。
一合、二合、三合──どちらも決定打を与えられない。
背後からマルクの声が飛んだ。
「カエソ! 隊形が崩れる!」
一瞬の隙にアールヴは槍を引き、後退した。
背後から部族の戦士たちが矢の雨を放ち、森の奥へと退いていく。
静寂が戻った時、カエソは無意識に手を見た。
盾も剣も震えていたが、それは恐怖ではなかった。
胸の奥に、焦げ付くような感覚が残っていた──「次は必ず倒す」という感情だった。
今回の戦闘は短時間ながら、カエソの戦士としての本能と、アールヴの戦術的な鋭さを描くことを意識しました。
次回は遭遇戦の報告と、ローマ軍内部での政治的な駆け引きが始まります。
物語は戦場から一旦、権力の座へと舞台を移します。
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