第三十七話(第54話) 帝都の渦
砂漠の戦いを越えて、カエソたちはついにローマの帝都へ。
ですが、帝都は兵士たちを歓迎するどころか、権力争いの渦に沈んでいました。
今回は戦場ではなく政治の場での「戦いの始まり」を感じてもらえればと思います。
砂漠の地獄を生き延びたカエソたちが、ついにローマの首都へと帰還した。
壮麗な大理石の門をくぐった瞬間、兵たちは歓声を浴びる……はずだった。
だが、街の空気は重苦しく、祝福よりも冷たい視線が注がれていた。
「……妙だな」
カエソは馬上から街並みを見渡した。
民衆は口々に噂を囁いている。
「また軍団が帰ってきたぞ……」
「誰の軍団だ? あの皇帝派か、それとも反対派か」
——
この時代のローマは、皇帝の座が安定せず、軍団を握った将軍が皇帝に推されることが常だった。
一世紀後半、いわゆる「軍人皇帝時代」へ至る序章が、すでに始まっていたのだ。
帝都にいるのは名ばかりの皇帝ではなく、権力を争う元老院の派閥、そして裏で糸を引く将軍たち。
市民も兵士も、「次に誰が皇帝になるのか」で生死が左右される混乱に巻き込まれていた。
——
カエソたちが兵営に入ると、早速元老院からの使者が現れた。
「カエソ・ウァレリウス殿。ご帰還を歓迎する。だが、すぐに元老院へお越し願いたい」
兵たちがざわめく。
戦場から戻ったばかりの指揮官を呼び出すなど、異例の早さだった。
クラウディアが小声で囁く。
「……危ういわ。元老院は貴方を、砂漠での戦果を口実に利用しようとしているの」
カエソは息を吐き、頷いた。
「結局、帝都も戦場か」
——
その夜、元老院で開かれた会議。
広大な円形の会議場に元老院議員たちが集い、政治と陰謀の火花を散らす。
ある派閥はカエソを讃え、次の執政官に推そうとした。
「彼こそローマを救った英雄だ!」
一方で、別の派閥は警戒を露わにする。
「軍団を率いる若者を持ち上げれば、やがては皇帝の座を狙う狼になるぞ!」
議場は怒号に包まれ、机が叩かれ、まるで戦場のようだった。
——
カエソは静かに彼らの言葉を聞きながら、自らの胸に問いかけていた。
「……俺は、ただ戦場を生き抜きたいだけだったはずだ。
だが、帝都に帰った今、剣を振るう相手は敵兵ではなく、この元老院かもしれん」
その瞳には、砂漠よりも複雑で危険な戦いの影が映っていた。
——
【解説】
この物語の舞台は紀元3世紀前半のローマ。
帝国は外敵との戦いに追われる一方で、内部では皇帝の座を巡って権力争いが激化していました。
軍団を率いた将軍が「次の皇帝」に推される構図は、この後の「軍人皇帝時代」へと直結します。
元老院と皇帝、軍団と市民、それぞれの思惑が交差し、ローマはかつてない混迷の時代へ突き進んでいったのです。
いやあ、帝都編の空気はやっぱり重いですね!
戦場の明快な「敵」と違って、誰が味方で誰が敵か分からない。
これこそローマ史の面白いところであり、恐ろしいところだと思います。
次回は元老院でさらに具体的な策謀が動き出し、カエソたちが政治の渦にどう巻き込まれていくかを描きます。
あと今回から解説も入れちゃいました。
歴史の授業に採用される日が来るのか、、、