第五話 北の狼
今回ついに、主人公カエソの宿敵となるゲルマン族の若き戦士が登場する。
年齢は同じだが、戦場経験と冷酷さでは勝っている相手。
二人の出会いは、この先何年にもわたる因縁の始まりとなる。
雪解け前のドナウ川沿い。
まだ春の気配もない森を、カエソたち百人隊は進んでいた。
任務は索敵と補給路の確保──しかし、森の空気は異様なほど静まり返っていた。
「妙だな……鳥の声がしない」
ウルスが足を止めた瞬間、矢が木々の間から飛び出した。
鋭い音とともに盾に突き刺さり、木片が跳ねる。
「敵襲! 防御陣形!」
兵士たちがスキュタムを合わせ、壁を作る。
だが、森の中から姿を現した敵は、これまでのゲルマン戦士とは違っていた。
彼らは毛皮の上に金属の胸当てを着け、手には長槍と丸盾。
動きは統率され、矢は正確に弱点を狙って飛んでくる。
その先頭に立つのは、金髪で長身の若者だった。
年はカエソと同じくらい。
しかしその眼は冷たく、戦場の空気に慣れ切っていた。
「こいつは……ただの蛮族じゃない」
マルクが低く呟く。
若者は言葉を発した。
「ローマの犬ども、この森は俺たちのものだ。
川の南まで進むなら……その首、置いていけ」
カエソは言葉を返さず、ただ睨み返した。
あの日、村を焼いた炎が脳裏をよぎる。
それと同時に、胸の奥で何かが燃え上がった。
次の瞬間、太鼓の音が森を揺らした。
北の狼と呼ばれる部族の突撃が始まった。
第五話では、物語全体のキーマンとなる宿敵を初登場させました。
彼の存在は、戦場だけでなく主人公の成長や価値観にも大きな影響を与えます。
次回はこの遭遇戦の行方と、カエソと宿敵の初めての直接交戦を描きます。
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