第二十五話(第42話) 飢えの檻
今回は、敵軍師サフラが仕掛けた「飢えによる長期消耗戦」を描きました。
これは史実でもたびたび用いられた戦略であり、兵士たちにとっては剣より恐ろしい“見えない刃”です。
しかし絶望の中で光を見出すカエソたちの姿は、まさに英雄譚の核心部分となります。
夜が明けると同時に、サフラの策が動き始めた。
敵陣は要塞の外に広く展開し、見事な弧を描いていた。
従来の密集した包囲ではなく、緩やかに距離を置く「環」。
だがその隙間を突破しようとすれば、待ち伏せの騎兵が雷のように襲いかかる布陣だ。
「……逃げ道があるように見せかけて、全て罠というわけね」
クラウディアが歯噛みする。
「こうしておけば、我らは城から出られず、籠って飢えるしかなくなる」
サフラは武で攻めるのではなく、時間そのものを武器にしていた。
井戸は毒で汚され、食糧も残り僅か。
兵たちはすでに骨ばり、飢えに呻きながら壁に凭れかかっている。
「……空腹がこれほど辛いとは」
ルキウスが呻き、固いパンの欠片を噛み砕く。
それはすでに石に近い硬さだった。
——
昼過ぎ、敵の使者が再び現れた。
「降伏せよ。お前たちに未来はない」
その言葉に、兵たちの顔が苦渋に染まる。
「……もう、限界かもしれん」
「腹が減りすぎて剣も振れん」
絶望の声が広がりかけたその時。
「黙れ!」
カエソが怒号を放った。
「飢えは我らを弱らせる。だが同時に、敵も油断を生む! その隙を突けば逆転はできる!」
兵たちは俯きながらも、その声に小さな希望を見出した。
——
その夜。
カエソはクラウディアとヴァレリアを呼び、密談を始めた。
「敵は包囲の網を張った。だが網には必ず結び目がある」
クラウディアは地図に目を走らせる。
「西の谷間……ここだけ警戒が薄いわ。物資搬入路に近いからかもしれない」
カエソは頷いた。
「そこを突く。だが正面突破ではなく、影からだ」
ヴァレリアの目が細く光る。
「……つまり、夜の闇に紛れて裏を衝く」
「そうだ。飢えの檻に閉じ込められる前に、我らが敵の腹を食らう」
カエソは剣を握り締めた。
その瞳には、炎のような決意が宿っていた。
——
翌日。
兵たちは飢えで弱りながらも、必死に槍を握り直していた。
「まだ……戦える」
「カエソがいる限り……ローマは死なない」
要塞全体に、再び小さな炎が広がり始めていた。
飢えの檻は、肉体だけでなく心を蝕みます。
次回は、この包囲を破るための「影の突撃」が描かれます。
ヴァレリアの剣舞が、ついに真価を発揮する回になるでしょう。