第二十二話(第39話) 毒と影
今回は籠城戦における「毒と内側からの崩壊の危機」を描きました。
水源の汚染は古代戦争でも恐怖の一手であり、飢え以上に兵の心を折ります。
しかし即興の知恵と行動でそれを防ぐ姿は、指揮官としてのカエソの真価です。
裂け目を守り抜いた翌朝。
要塞の空気は、勝利の余韻よりも、疲労と不安に満ちていた。
食糧は底をつき、残る水もわずか。
井戸に溜まった水を手に取ると、どこか濁りがあり、鉄のような匂いが鼻を突いた。
「……まさか」
クラウディアが水面を嗅ぎ取り、顔をしかめる。
「毒よ。井戸に何かを投げ込まれたのね」
その言葉を裏付けるように、すでに数人の兵が吐き気を訴え、倒れていた。
顔は青ざめ、唇は乾ききっている。
「敵は攻めるだけじゃない。影を使って、我らを内側から殺す気だ」
ルキウスが低く唸った。
——
要塞の中に広がる動揺。
「もう水がない……これじゃ数日もたん」
「門を開けるしか……」
再び囁きが広がりかけたその時、カエソは城壁に立ち上がり、全兵に呼びかけた。
「聞け! 敵は我らを恐れている! だから正面からではなく、影に頼るのだ!
だが我らは影に屈せず、光を掲げる! ローマは影には負けぬ!」
その声は、絶望の縁に立つ兵士たちの胸を揺さぶった。
——
その夜。
カエソは少数の兵を率い、再び要塞を出る。
狙うは敵が井戸を汚すために使った潜入路。
地形を探り、やがて峡谷の下に潜む暗渠を見つけた。
そこには、油壺を抱えて井戸へ毒を流し込もうとする敵兵の姿があった。
「やはり……!」
カエソは飛び出し、一瞬で敵兵を斬り伏せる。
続けてルキウスが油壺を蹴り倒し、崖下に叩き落とした。
轟音と共に壺が砕け、黒い液が岩に広がった。
生き残った敵兵が逃げようとしたが、クラウディアの矢が背を射抜いた。
「これで少なくとも、奴らの影は潰したわ」
——
要塞に戻ったカエソは、倒れた兵のもとに膝をついた。
「水は汚された。だが、まだ生きる術はある」
彼は兵に野営の布を持ち寄らせ、夜露を集める仕掛けを作らせた。
一滴ずつの水だが、それでも命を繋ぐには十分だった。
兵たちの目に、再び炎が宿る。
「……まだ戦える」
パルティア軍は確かに強大だ。
だがその影の策略さえも、カエソたちは光で照らし返そうとしていた。
敵は攻めを緩めず、力だけでなく知略でも要塞を削ろうとしています。
だが守る側も、死地にあってなお光を見出す。
次回は、消耗戦の果てに現れる「大逆転の機会」を描きます。