第二十一話(第38話) 崩れゆく壁
今回は要塞籠城戦の最大の危機──「城壁崩壊と突破口の攻防」を描きました。
破城槌による圧力は、古代戦争において最も恐れられた攻城手段の一つです。
その中で兵たちが「盾そのものを壁」として戦う姿は、ローマ軍の粘り強さを象徴しています。
夜明け前。
要塞の空気は重く、兵たちは疲弊しきっていた。
昨日、火を吐く巨塔を焼き払った歓声も、今は静まり返り、代わりに不吉な予感が広がっている。
その予感は、朝の太鼓と共に現実となった。
パルティア軍は今度、巨塔ではなく、巨大な破城槌を前へ押し出してきた。
鉄の頭を持つそれは、何重にも覆いを掛けられ、投石器や火矢では簡単に壊せない。
槌が振り下ろされるたび、城壁の石が軋み、粉塵が舞った。
「……持たんぞ、このままじゃ」
ルキウスが苦い声を漏らす。
兵たちの顔も蒼ざめ、恐怖に震えていた。
「まだだ。石は砕けても、心まで砕かせるな!」
カエソは叫び、兵たちを鼓舞する。
——
昼過ぎ。
ついに破城槌の連打で、城壁の一角が崩れ始めた。
轟音と共に石材が崩落し、砂煙が立ち上る。
敵兵が歓声を上げ、雪崩のようにその裂け目へ押し寄せた。
「突破口だ! 押し返せ!」
カエソは即座に精鋭を集め、盾を前に突撃した。
狭い裂け目を塞ぐ形で楔形陣を組み、敵を押し返す。
槍の穂先が閃き、血飛沫が石を染めた。
倒れても倒れても、兵たちは自らの盾で壁を築き、裂け目を守り抜く。
ルキウスが斬り伏せながら叫ぶ。
「こいつら、地獄の虫か! 止まらねぇ!」
クラウディアは城壁上から弓を放ち、突破を狙う敵指揮官を射抜いた。
「敵の頭を狙って! 群れは頭を失えば散るわ!」
だが、敵は後を絶たない。
裂け目の前に死体の山が築かれ、その上を新たな兵が踏みしめてくる。
——
夕刻。
戦いはなお続き、兵たちの脚は血と泥で重くなっていた。
その時、崩れかけた壁の上に立ち上がったカエソが叫んだ。
「ここが砕ければ、ローマが砕ける! 誰も退くな! 死んでもこの裂け目を守れ!」
その声に兵たちの目が再び光を帯びた。
疲れ切った体に残る最後の力を振り絞り、彼らは盾を掲げ直す。
敵もまた、怒号を上げて突撃を繰り返した。
その戦場は、まさに地獄そのものだった。
——
日が沈む頃。
ついに敵軍は攻撃を止めた。
要塞の裂け目は血と肉で塞がれ、辛うじて陥落を免れた。
カエソは剣を地に突き立て、荒く息を吐いた。
「……今日も、持ちこたえた」
だが彼の瞳には、明日の更なる地獄が映っていた。
要塞は辛くも持ちこたえましたが、代償は大きい。
次回は、この消耗を突いて「敵の新たな謀略」が動き出します。
籠城戦は肉体だけでなく、心と知恵を削る戦いとなっていきます。