第二十話(第37話) 火を吐く巨塔
今回は籠城戦における「攻城兵器との攻防」を描きました。
実際の戦場では、火と油を使った攻撃は恐怖を倍増させる武器でした。
ローマ軍の知恵と即興策で乗り切った場面は、籠城戦の醍醐味でもあります。
昼下がりの空気は重く、要塞全体を押し潰すような緊張に包まれていた。
敵陣にざわめきが走り、次第に巨大な影が姿を現す。
「……あれは……」
クラウディアの声が震えた。
パルティア軍が押し出してきたのは、巨木を組み合わせた攻城塔。
高さは城壁を超え、上部には布で覆われた櫓が備えられている。
その側面には樽が吊るされ、中からは油の匂いが漂っていた。
「火攻めか」
ルキウスが低く吐き捨てる。
「ただの塔じゃねぇ……奴ら、火を撒き散らすつもりだ」
——
やがて太鼓が鳴り響き、巨塔はゆっくりと進み始めた。
城壁に迫るその姿は、まるで大地を歩く怪物のようだった。
「弓兵! 火矢を放て!」
カエソの号令で、矢が次々と塔に突き刺さる。
だが厚く濡らされた牛皮が覆っており、炎は広がらない。
巨塔が射程に入ると、上部の櫓から炎のついた樽が投げ落とされた。
轟音とともに油が飛び散り、城壁の一角が火に包まれる。
兵たちの叫びが響き、慌てて水桶が運ばれるが、火勢は衰えない。
「これが狙いか……士気を焼き尽くすつもりだ!」
カエソは剣を握り、決断した。
「投石器、狙いを巨塔に集中しろ! このまま近づけさせるな!」
巨大な石弾が唸りを上げて飛び、塔の車輪を直撃する。
轟音と共に車輪が砕け、塔が大きく傾いた。
だが倒れはしない。敵兵が必死に押し支え、さらに前へ進める。
「くそっ、あの執念……!」
ルキウスが歯噛みする。
その時、クラウディアが叫んだ。
「井戸の水を使っては駄目! 塩袋を! 油を吸わせて火を殺すのよ!」
兵たちが急ぎ塩袋を投げ込み、炎を抑え込んだ。
煙が立ちこめる中、カエソは冷たく息を吐いた。
「ならばこちらも“炎”で応じる」
——
その夜。
カエソは選抜した兵を率い、密かに要塞を出た。
闇に紛れ、火矢と油壺を抱えた兵が敵の巨塔へ忍び寄る。
見張りを斬り伏せ、一斉に火矢を放つ。
「燃やせ!」
瞬間、巨塔が炎に包まれ、黒煙を上げて崩れ落ちた。
敵陣から悲鳴と怒号が上がり、夜空を焦がす炎が戦場を照らした。
要塞の上からそれを見た兵たちは歓声を上げた。
「勝ったぞ! 巨塔を落とした!」
カエソは振り返らず、ただ炎を見据えた。
「これで奴らも学ぶだろう……次は、もっと恐ろしいものを持ってくる」
巨塔を焼き払ったことで、要塞は一時的に息を吹き返しました。
しかし敵もまた容易には諦めません。
次回は、さらなる攻防の激化──そして「要塞陥落の危機」が訪れます。