第十八話(第35話) 静かなる包囲網
今回は攻城戦の第二段階──兵糧攻めを描きました。
戦場では剣だけでなく、補給線と心理戦が勝敗を左右します。
カエソの夜襲は「不屈」を敵に見せつけるための一撃でした。
総攻撃の翌朝。
要塞を包囲するパルティア軍の陣営は静まり返っていた。
敵兵の姿は見えるが、矢も槍も飛んでこない。
代わりに、要塞を取り囲む野営の焚火からは、濃厚な肉の匂いと香辛料の香りが漂ってくる。
兵士たちは唾を飲み込み、空腹に呻いた。
昨日の戦闘で蓄えは一気に減り、残る糧食はわずか数日分。
井戸の水も矢で汚され、濁ってきている。
「……奴ら、兵糧攻めに切り替えたな」
ルキウスが低く呟いた。
「正面からの突撃で崩せないなら、飢えで折る。古典的だが確実だ」
城壁の上から見下ろすと、敵陣営には豊かな補給隊が行き来し、食料が山のように積まれている。
その余裕を見せつけるかのように、敵兵は笑いながら肉を焼き、酒を酌み交わしていた。
「こちらの兵の心を折るための見せつけね」
クラウディアが唇を噛む。
「だが、こちらも黙っているわけにはいかない」
カエソの瞳に炎が宿った。
——
その夜。
カエソは精鋭を率い、密かに要塞を出た。
闇に紛れ、音を殺して敵の補給路を目指す。
峡谷を抜けた先に、護衛の薄い補給隊が焚火を囲んでいた。
「合図と同時に突撃だ」
カエソが短く告げ、腕を振り下ろす。
闇の中から飛び出したローマ兵たちが、刃を閃かせて補給隊を蹴散らした。
荷車に積まれた食糧が炎に包まれ、夜空に黒煙が舞う。
敵陣から混乱の叫びが広がり、騎兵が慌てて駆け寄ってくる。
「退け! すぐに戻るぞ!」
敵が追いつく前に、カエソたちは要塞に駆け戻った。
——
翌朝、城内に歓声が響いた。
「敵の補給を焼いた! まだ戦えるぞ!」
兵たちの士気は一気に持ち直し、昨日までの疲弊した目に再び光が宿る。
だが、クラウディアは冷静に言った。
「一度の襲撃では、戦況をひっくり返せない。敵は補給線をさらに厳重に固めてくるわ」
カエソは頷いた。
「それでもいい。奴らに“容易には折れぬ”と刻み込めれば、それで十分だ」
要塞を取り巻く炎の輪は、まだ途切れてはいなかった。
籠城の試練は、これからが本番だった。
戦場は一進一退。
敵は兵糧攻めで長期戦に持ち込み、カエソは奇襲で応じる。
だが、この消耗の先に待つのはさらなる苦難です。
次回は、要塞内での「絶望」と「裏切り」の兆しを描きます。