第十五話(第32話) 要塞の灯火
今回は国境要塞に到着する場面を描きました。
史実でも東方戦線の要塞は「小さな戦争の縮図」であり、補給と士気を守る最後の砦でした。
守備兵の疲弊と、そこに加わる援軍の熱が対比として強調されています。
峡谷での戦いを制した後も、行軍は続いた。
夜明け前の冷気が肌を刺し、兵たちの吐く息が白く宙に漂う。
疲労は濃かったが、誰一人として声を上げない。
カエソの背中が黙して語っていた──「今こそ耐えねばならぬ」と。
やがて、遠方に石造りの塔が見え始めた。
それは国境を守る要塞の灯火。
だが、普段なら威厳を誇るべき松明の光は、今は揺れ乱れ、どこか怯えるように瞬いていた。
「間に合うか……」
ルキウスが呟いた。
要塞に近づくと、外壁には矢が無数に突き刺さり、焦げ跡が黒々と残っている。
門前には傷ついた兵士たちが必死に槍を構え、敵の襲撃を必死に防いでいた。
その奥から、怒号と悲鳴、そして戦鼓の音が響いてくる。
要塞はすでに包囲されていた。
しかし完全には落ちていない──守備兵が命を削って持ちこたえている。
「突破する!」
カエソは迷わず命じた。
精鋭二百は盾を前に押し出し、槍を突き立てながら突撃する。
敵の前衛が驚きの声を上げ、瞬間的に後退する。
その隙を逃さず、ローマ兵たちは楔形陣を組み、要塞の門へ突入した。
門の内側では、痩せ細った守備兵たちが待ち構えていた。
彼らの顔は泥と血にまみれ、目だけがぎらついている。
「援軍だ……! ローマが来たぞ!」
歓声が上がり、その声が要塞全体に広がった。
クラウディアが急ぎ城壁に登り、状況を確認する。
「敵はおそらく五千……こちらは残存千に満たないわ」
ルキウスが舌打ちする。
「数で言えば絶望的だな」
だがカエソは、燃え尽きた松明の残り火のような目をしながら言った。
「数が問題じゃない。問題は、ここで踏みとどまれるかどうかだ」
要塞の松明が再び燃え上がり、夜空に赤く光を放った。
それは敗色に沈みかけた戦場に、反撃の狼煙が上がる合図となった。
これで舞台は整いました。
次は数で圧倒するパルティア軍との「籠城戦」。
カエソたちは兵数で劣りながらも、知略と結束で抗うことになります。
次回は要塞籠城戦の幕開けを描きます。