第三話 初陣
初陣。それは兵士にとって一生忘れられない戦いとなる。
村を焼かれた少年カエソは、初めての戦場で血の匂いと仲間の悲鳴を味わう。
そして、戦場の恐怖を越えて生き残るための第一歩を踏み出す。
西暦176年、夜明け前のパンノニア。
鈍色の空に霧が垂れ込め、吐く息は白く、地面は凍りついている。
カエソは革鎧を締め、槍を握った。手のひらは汗で湿っているが、指の震えは抑えていた。
「起きろ、小僧」
背後から響いた低い声。百人隊長ルキウス・ウルスだ。
「今日は初陣だ。敵はドナウを越えてきたマルコマンニ族。村を襲った連中かもしれん」
その言葉に、カエソの胸の奥が熱くなる。
ラッパの音が低く響き、百人隊が整列する。
分厚い盾スキュタム、鋭い槍ピルム、腰には短剣グラディウス。
革の匂いと金属のきしむ音が混ざり合い、兵士たちの息遣いが重く響く。
やがて森の奥から、獣の唸りのような声が近づいてきた。
「ウオオオオオオ!」
霧を割って現れたのは、毛皮をまとい巨大な盾と斧を構えたゲルマン戦士たち。
目は血走り、唾を飛ばしながら突進してくる。
「ピルム、投げろ!」
ウルスの号令と同時に百の槍が飛び、敵の盾を貫いた。だが奴らは怯まない。盾ごと槍を叩き落とし、巨体で突っ込んできた。
「盾を合わせろ! 壁を作れ!」
カエソはスキュタムを押し付ける。重い衝撃が全身を走り、腕が痺れる。斧が盾に食い込み、木片が顔に飛ぶ。
隣でマルクが槍を突き出し、敵の腿を貫いた。
「カエソ! 右だ!」
振り返ると、毛皮の巨漢が剣を振り下ろしてきた。
盾を傾けて刃を滑らせ、反撃の短剣を敵の腹に突き立てる。温かい感触が手を包み、鉄臭い血の匂いが鼻を満たした。
戦いの渦中、悲鳴が響く。マルクの足に長槍が突き刺さっていた。
敵が斧を振り下ろす寸前、カエソは盾で体当たりし、奴を押し倒す。
だが背後から別の戦士が迫る。振り返る暇はない。
「カエソォォ!」
ウルスの槍が敵の喉を貫いた。
「戦場じゃ後ろを見ろ! 生き残りたけりゃな!」
やがてゲルマン軍は撤退した。
戦場は雪と血に覆われ、仲間の亡骸が横たわっている。
カエソは剣を握りしめたまま立ち尽くした。手は血に濡れ、震えが止まらない。
ウルスが肩に手を置く。
「初めて人を殺した顔だな。慣れるな。だが恐れるな。それが兵士の道だ」
その言葉を胸に、カエソは心の中で誓った。
もっと強くならなければ──仲間を守るために。
第三話では、カエソの初陣を描きました。
キングダムのような戦場の熱と緊張感を意識し、盾の衝撃や血の匂いまで細かく描写しています。
次回は戦後処理と軍営での静かな一幕。そして、次なる大きな戦乱の火種が芽を出します。
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