第五話(第22話) 地下水路の密談
今回は追走劇の直後、初めて“黒幕の輪郭”が見え始める回です。
「影の派閥」という存在は、帝都の混沌そのもの。
彼らは正義でも悪でもなく、ただ自らの力を保つためだけに動く。
排水路の闇は、外の夜よりも深かった。
冷たい水が足首を流れ、湿った石壁には苔がびっしりと生えている。
頭上からはかすかな水滴の音が続き、息を潜める二人の鼓動がそれに混じった。
「……ここならしばらくは追っ手も来ない」
ルキウスが壁にもたれ、肩で息をつく。
「お前を狙っているのは、元老院の“影の派閥”だ」
カエソは眉をひそめた。
「影の派閥?」
「ああ。表では皇帝派にも反皇帝派にも属さず、裏で両方に人間を送り込んでいる連中だ。
戦場で功を立てた将軍や士官を、必ず一度は潰す。それが奴らのやり方だ」
カエソは昨夜の暗殺者の言葉を思い出した。
──帝都には、お前を生かしておきたくない者が多い。
「理由は単純だ」
ルキウスの声が低くなる。
「お前が皇帝に忠義を尽くせば、影は反皇帝派に揺らぎを生む。
逆に反皇帝派につけば、皇帝派に疑心を植え付けられる。
つまり、お前は利用価値が高すぎる──だから消される」
水路の奥から風が流れ込み、二人の松明が揺れた。
カエソは静かに息を吐く。
「……じゃあ、俺はどう動けばいい」
ルキウスは笑みとも嘲りともつかない表情を浮かべた。
「影を狩るには、影になるしかない」
その言葉の重みを理解するには、まだ時間が必要だった。
だが、帝都で生き残るための道が、今はっきりと分かれた瞬間だった。
戦場では敵を倒せば終わりだが、帝都では敵が終わりを決めない限り戦いは続く。
この密談で、カエソは初めて「戦場の外での戦い方」を突きつけられました。
次回は、影の派閥が動き出す兆しとして、元老院での緊迫した政治劇を描きます。
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