表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇剣 〜ローマ戦乱記〜  作者: 辰桃
第一章 北の狼、ドナウに吠える
2/64

第二話 鬼教官と戦友たち

家族と故郷を失い、剣を握ることを選んだカエソ。

彼が辿り着いたのは、ローマ軍パンノニア駐屯地の訓練場だった。

そこで待ち構えていたのは、鋼のような男と、癖の強い新兵たち──。


西暦176年。

 薄曇りの空の下、カエソはドナウ川沿いの軍営に立っていた。

 高い柵の内側からは、金属が打ち合う音、怒声、足音が混ざり合って響いてくる。


 門をくぐった瞬間、その声は頭上から降ってきた。

「整列しろ、腐った新兵ども!」


 振り返ると、そこにいたのは巨岩のような男だった。

 片目に古傷を持ち、分厚い肩と傷だらけの腕。

 鋭い灰色の眼が、新兵たちを一人一人値踏みする。


「俺は百人隊長ルキウス・ウルスだ。貴様らは今日からローマ軍の兵士……いや、兵士の卵だ。

 卵のまま戦場に出れば、頭を割られて犬の餌になる。それが嫌なら、俺の地獄についてこい!」


 ウルスの号令とともに、新兵たちは走らされた。

 鉄の甲冑もなく、ただの革鎧でも息が切れる。

 カエソは必死に足を動かすが、隣から声が飛んだ。


「おい、辺境坊主! 足が止まってんぞ!」

 見ると、褐色の肌を持つ長身の青年が並走していた。

「俺はマルク・アントニウス・ガルス、ガリア出身だ。死にたくなけりゃ俺の背中を見とけ!」


 その言葉に、カエソは黙って頷いた。


 訓練は続く。

 スキュタムの持ち替え、ピルムの投擲、短剣グラディウスの突き。

 手はすぐに豆だらけになり、足は鉛のように重くなる。

 それでもウルスは容赦しない。


「盾を構えたら、それはお前の壁だ! 壁が動いたら仲間は死ぬ!」


 蹴りが盾を直撃し、カエソの腕が痺れる。

 しかし、踏みとどまった瞬間、ウルスの口元がわずかに歪んだ。


 午後、射場に移動すると、そこには意外な人物がいた。

 栗色の髪を後ろで束ねた少女が、弓を構えて的を射抜いている。

 矢は全て中央──まるで寸分の狂いもない。


「あなた、新入り?」

 彼女は弓を下ろし、カエソを見た。

「クラウディア・ルキッラ。補給官よ。兵士じゃないけど、あなたたちより戦場のことを知ってるわ」


 そして再び弓を引き、的の中心を貫いた。

 その正確さと落ち着きに、カエソは何か強い印象を受けた。



 日が傾き、訓練が終わる。

 ウルスが最後に一言だけ言った。

「明日からは実戦訓練だ。敵はゲルマン人を想定する。……だが本当の敵は、恐怖だ」


 その言葉が、カエソの胸に深く突き刺さった。

 あの日、村を焼いた炎と血の匂いが蘇る。

 ──負けない。必ず、生き延びる。


第二話では、主人公カエソの仲間と師匠の初登場を描きました。

ウルス百人隊長は今後の戦場戦術と生き残り術を叩き込む存在、マルクは戦友であり時にライバル、クラウディアは戦場と政治の架け橋になります。

次回はいよいよ「初陣編」。

小さな戦いが、やがて大きな戦乱へとつながる第一歩になります。

面白かったらブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ