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花火が打ち上がったその後で。

夏休みに入ったと思うので夏にまつわる話を一つ。

短いのでゆるっとしながら読んでください。

カクヨムでも掲載しています。

「ね、おんぶしてよ」

「……は?」


 花火の打ち上げが終わった近所の夏祭りの帰り道。混雑を避けるために少し遠回りしていた時のこと。私は隣に並んで歩いていた幼馴染――泰斗にそう言った。それを聞いた彼は驚いたような困惑したような、なんというか面白く感じる顔をしていた。


 彼がそんな顔をするのも無理はない。今年で二十歳になる高校生の幼馴染に急にそんなことを頼まれるのだから。それに普段の私はそんなことを頼むようなキャラじゃない。こうして彼に対して甘えるようなことなんてほぼないのだから。


「ね、お願い」

「……いいけど」

 

 もう一押ししてみると泰斗はまだ困惑したような顔をしながら了承してくれた。実は彼ならしてくれると最初から分かっていた。昔から仲のいい人から頼まれると断らない、というか断れないところを知っているから。まったく、今でもお人好しなところは変わってない。


 屈んだ泰斗に後ろから抱き着いて背負われる。立ち上がる時に少し怖くてぎゅっとしてしまったのは内緒だ。いつの間にか彼の背中は大きく頼もしい男性のそれになっていた。おまけに彼のぬくもりが感じられて少しドキッとした。


「重くない?」

「ああ、重くないよ」


 重くないかと少し不安だったが安心した。これで重いなんて言われたら、恥ずかしくて彼の頬を引っ張っていたと思う。女の子にとって男の子に重いと言われるのは二つの意味で嫌なことだ。多分二度と口を利かなくなってしまう。それに恥ずかしいし。よかった。


 後ろから彼の顔を覗き込んでみた。横顔が少し見えるくらい。彼は平然とした顔で前を向いていた。少しぎゅっと抱きついても表情はあまり変わらない。

 

 なんだか悔しい。私だけドキドキしていているのはずるい。胸が当たっているのだし、少しくらい恥ずかしそうにしてくれればいいのに。こっちも恥ずかしいし。私自信ある方なんだけどな。


「なんだか新鮮だな。こうやって背負うの」

「そうだね。私おんぶしてもらったのパパ以外で初めてかも」

「俺も妹以外なら初めてだな」

「そっか。お互い初めてなんだ」


 思わず顔が緩んでしまう。嬉しい。私が初めてなんだ。妹ちゃんが一番なのは少し羨ましいし妬けるけど。でも嬉しい。思わずぎゅっと力が入った。


「……言い方に気をつけろよ。誤解されるぞ」

「……泰斗のエッチ」


  何を言い出すかこの男は。確かにさっきの発言はそう聞こえるかもしれないけれど。そう思うと余計に恥ずかしくなってしまう。頬が熱い。でも、異性として意識してくれてるのかな。それなら恥ずかしくてもいいんだけど。それに泰斗なら、って何を考えてるの私。ちょっと想像しちゃったのがより恥ずかしくなってくる。心臓がうるさい。この音が聞こえてないといいな。一人でドキドキしてるのバレたくない。

 

 泰斗はドキドキしてるのかな。背中に耳を当ててみると彼の心音が小さいけど聞こえる。よく分からない。私よりは落ち着いている気がするけどどうなんだろう。欲を言えばドキドキしててほしい。こんなに頑張ってるんだから。


「なあ、なんで急に背負ってほしいなんて言ったんだ?」

「……なんでだと思う?」

「分からないから聞いてるんだけどな」


 我ながら面倒くさいことを言ったと思う。この少し鈍感な幼馴染が察せるとは思えない。でも、少しくらい期待してもいいよね。もしかしたら分かってくれるかもしれないし。分かってほしいな。でもそんなところも好きだから変わってほしくない気持ちもある。ああ、なんて面倒な性格なんだろ、私。


 彼は沈黙してしまった。彼なりに考えてくれているんだと思う。変なところで真面目だから。いつもは軽く流されるだけなんだけど。急に甘えたのが効果あったのかな。それなら勇気を出した甲斐があった。こんな恥ずかしい思いもしてるし、察して顔真っ赤にするくらいじゃないと釣り合わない。

 

 少しのぞき込んでみるけど顔はいつもと変わらなさそう。かっこいい顔。イケメンではないんだろうけどそれなりに素敵に見える。恋は盲目って言葉を身に染みて実感する。なんか失礼な気もするけど。まるで惚れてなければかっこよくないみたいな。どうなんだろう。惚れてなかったらかっこよく感じないのかな。


 惚れてなかった時のことはよく覚えていない。ずっと昔だし。思い出せるのも小学校くらいのことだし、その頃は恋心っていうものを理解できているか怪しかったし。それでも好きだったのは間違いないと思う。それが恋愛的なものじゃなかったとしても。正直どこからが友情でどこからが恋心なのか分からない。それにこれだけ一緒にいれば愛情だってあるんだと思うし。


「……疲れたとか?」

「……ふふっ」


 いつ答えてくれるなかなと期待しながら待っていたら、そんな答えが返ってきた。思わず笑ってしまった。なんかかわいい。真面目すぎるよ。確かに歩き疲れたのはあるけど。それでおんぶしてって頼むって。ちっちゃい子じゃないんだから。


「笑うなよ」

「ごめんごめん」

「で、なんでなんだ?」


 泰斗はもう一度聞いてきた。どう返答しよう。ストレートに伝えるっていうのは勇気がいるし恥ずかしい。そうやって伝えることができたら今頃玉砕してるか付き合えてるはずだし。自分の臆病さには時々嫌になる。でもそれでこうやって関係が続けられているのだからいいところもあるんだと思うけど。それでも特別な関係になるには今の関係が壊れるのを覚悟しなきゃいけない。


 一歩踏み出すのは怖い。今の関係性が心地がいいものだから余計に。もし嫌われたり拒否されたらどうしようって考えてしまう。だから曖昧な答えしか口に出せない。悔しいけど。できれば察してほしい。


「んー? なんでなんだろうねー?」

「分かんないのかよ」


 なんだそれ、と泰斗は笑っていた。今は横顔しか見えないが彼の笑顔も魅力的だ。かわいいというか無邪気さを感じられる。昔から変わっていない。大好き。そんな彼を独り占めしたい。だから少しだけ戸惑わせることを言ってみる。


「でも、泰斗にしか言わないよ」

「そりゃどうも。俺もこんなこと頼まれても結衣以外にはしないな」


 嬉しいことを言ってくれる。少しドキッとした。でも多分なのがちょっと気に食わない。しないって言いきってほしい。私だけにしかおんぶはしないって。私だけ特別扱いしてほしい。他の女の子には絶対にしないでほしい。私だけがいいんだ。


 でもこんなこと伝えたら絶対に重いって思われる。だから直接には言わない。こうやってぼかして言うから察してほしい。気づいてほしい。私ってやっぱり面倒くさい女なんだ。

 そういえば泰斗は好きな人とかいるのかな。普段二人で恋愛の話とかしないし分からない。大学生だし彼女とかいるのかな。いたら嫌だけど。


「ね、泰斗は恋人とかいないの?」

「いたら結衣のこと背負えないだろー」


 よかった。いないんだ。ほっとした。これでいるとか言われたらショックで寝込むところだった。でも恋人がいないだけで好きな人がいないわけじゃない。


「確かに。じゃあ好きな人とかは?」

「…いるよ」


 い、るんだ。ドキッとした。恋のではなくて怖い方の。そっか、好きな人がいるんだ。そうなんだ。大学の友達かな。高校でも女の子で何人か仲良くしていたからその中の人なのかな。小中でもそういう子がいたし。どうしよう。どんな子なんだろう。それ私のことだったりしないかな。そうだったらいいのにな。私がいいな。


「…そうなんだ。ちなみにどんな子なの?」

「それ、言わなきゃダメか?」

「うん。言わなきゃダメ」


 ここまで聞いたら詳しく聞きたい。少し怖さがあるけど、私かもしれないし。というかそうであってほしいから聞きたい。


「普段は真面目だけど、時々おっちょこちょいな笑顔がかわいい人」


 なんというかありふれているような回答だと思った。普段は真面目って自分で言いたくないけど真面目だし。でもおっちょこちょいって言われるほどじゃない。やっぱり私じゃないのかな。それに笑顔がかわいいかって言われると分からない。友達にふざけてかわいいねとは言われるけど。嫌だな。私じゃないって思うのは。


「それに、これから先もずっと一緒にいたい」


 やっぱり普通だ。これじゃ誰なのか全く分からない。はっきりしてよ。私なのか私じゃないのか。気になる。不安と期待が個々の中で入り乱れて渦巻いている。ムズムズする。


「結衣はどうなんだ?」

「私?」

「好きな人とかいるのか?」

「……いるよ」

「どんな人なんだ?」


 どんな人、か。泰斗は真面目で笑顔がかわいくて、ずっと一緒にいたいそんな人だ。ちょっと鈍感なところも好き。うん、泰斗とほとんど同じ。私も似たようなことを言っている。


「真面目で笑顔が素敵で、ちょっと鈍感なところがかわいい人、かな」


 本人を目の前にして言うのは少し恥ずかしい。顔が見えてないのは正直助かった。きっと顔が赤くなってる。惚れた人に見せられるものじゃない。それにまた心臓がうるさくなっている。


「そっか」

「うん」

「似た者同士だな」

「そう、だね」


 似た者同士、か。確かにそうなのかもしれない。一緒にいる時間が長いおかげで似ちゃったのかな。嬉しいような嬉しくないような。でも悪くない。


「いっそ似た者同士でくっつくか?」

「……え、それって」


 な、何を言っているのかこの男は。くっつくって、つまりそ、そういうことだよね。私と泰斗がってことだよね。聞き間違いじゃないよね。これはつまり告白ってことで――。


「なんて、ちょっとした冗談だ」

「……バカ。私は本気なのに」

「なんか言ったか?」

「なんでもないっ」


 バカ。バカ。ほんとにバカ。鈍感にもほどがある。そういうところが嫌い。ちゃんとわかってよ。このバカ。期待させておいてそれはずるい。初めてそんなこと言われてドキドキしてたのに。彼の背中に顔をうずめて恥ずかしさを誤魔化そう。


「……そういうところが好きだよ、結衣」

「え、今なんて」


 今、好きって言った。言ったよね。聞き間違いじゃないよね。泰斗が私のことを好きって。勘違いじゃないよね。絶対言ったよね。泰斗が自分から言ったよね。自分の胸が高鳴っているのがよく分かる。


「さて、ちょっと走るから摑まってろよ」

「え、ちょっと」


 泰斗は私を背負ったまま走り出す。落ちないようにさっきよりも私は強く抱きしめた。ドキドキしているのは落ちないか怖いからなんだ、きっと。


「大好き」


 私は今絶対に変な顔をしていると思う。


こんな青春してみたかったよ…俺。

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