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「そんなどうでもいいことはともかく」
“どうでもいいこと”って、あんたが持論を得意げに話し出したんでしょうよ。
「明日奈、幽霊の話は聞いた?」
文也の口から「幽霊」というワードが出てきてぎょっとする。
今まさに私が聞こうとしていたことだ。さすがは、副部長様ね。
「聞いたよ。A組の四人が朝からD組で騒いでた」
「そうか。あの四人、やっぱり明日奈のところに行ったんだ」
「うん。ていうかあんた、A組じゃない。四人から幽霊のこと調査してくれないか、聞かれなかった?」
そうだそうだ。小峰くんたちは私のいるD組にわざわざやって来ていたが、そもそも同じクラスにミステリ研の文也がいるじゃないの。
私の疑問に、彼は「愚問だね」と口を曲げる。
「僕に相談しても無駄だって言ったんだ。すべては部長様が決めるから、明日奈に聞いてって伝えたよ」
「はあ……あんたねえ」
そのアドバイスのせいで、朝から優雅な読書タイムを奪われたんですけれど。
口には出さないけれど、私の呆れる気持ちはしっかりと彼に伝わっているだろう。伊達に三年間、ミステリ研なんていうニッチな部で時間を共に過ごしていない。
「で、部長様はどうする? 幽霊調査やる?」
文也に煽られると、なんだか素直に頷けない。けれど、A組の四人にはすでに引き受けると答えてしまっている。
ウンと唸って返事に迷っていると、「今度の文化祭で、僕たちも引退じゃん」とさらりと告げた。
「それが、どうしたの? まさかあんたに限って寂しいとか言うつもりじゃないよね」
「寂しいよ? でもまあ文化祭が終わっても明日奈には会えるわけだし、そういうことじゃなくてさ。文化祭で出す部誌の準備はできてるのかなって思って」
ギクリ。
漫画ならきっと、いまの私にそんな効果音がつけられるだろう。
ミステリ研究会は公式の大会などがないため、文化祭で部誌を制作して配布するのが一年の集大成となる。そのネタはあるのかと、文也は言いたいんだろう。
「……いや、今からネタを探そうと思ってたところ」
観念して本音を漏らすと、彼はニタリと怪しげな笑みを浮かべた。
「じゃあ決まりだね。今回の幽霊調査、ネタにはもってこいじゃん」
そう言うと思った!!
うん、分かってる。私も、A組の人たちから幽霊騒動の話を聞いた時に、同じことを考えていた。これは、ネタとして使えるんじゃないかって。
ためらいつつも、調査を引き受けたのはそれが理由のひとつだった。
「文化祭が終わるまでに、なんらかの答えが見つかるかな」
心配事といえば、それだ。
幽霊がこの学校に本当にいるかどうか——調べて分かるかどうか、正直微妙なところだ。私も文也も霊感があるわけではない。だから、「いる」と確実に答えられる自信はない。でも、部誌にするからには、なんらかの回答が必要になる。
「答えはいくらでもつくれるよ。だからとりあえず、調査に乗り出すべし」
いろいろと考えすぎてしまう私とは違って、文也はどこか楽観的だ。
まあ、そうだよね。
たかが高校の部活でつくる部誌だ。商売でやるわけでもないし、気負いすぎるのは良くない。
「ありがとう。あんたって本当、適当だけどちゃんと考えてるよね」
「その言葉、矛盾だらけだって」
クククと声を噛み殺したような仕草で笑う彼と共に、長良高校の幽霊調査を開始することになったのだった。