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拝啓 傷だらけのきみへ捧ぐ愛の殺人  作者: 葉方萌生
第二章 マドンナの裏の顔
21/82

2-1

 九月十二日金曜日。四時間目の美術の時間、高見沢先生から自画像を描くように指示された私たちは、鏡を見ながらせっせと鉛筆を走らせていた。途中、絵を描くことに飽きてチラリと先生を見ると、相変わらず高見沢先生は爽やかな表情で、みんなが自画像を必死に描く様子を眺めていた。でも、五ヶ月前はそこにいたはずの来海の席にひとたび目を向けると、

どこか寂しそうに眉を顰めた。その瞬間を目撃してしまって、私の胸にもさざなみのようなざわめきがが押し寄せた。


 まだ途中までしか描けていない人も完成した人も、授業が終わると先生に画用紙を提出した。正直絵を描くのが苦手な私は、心の中で「うげえ」と思いながら、恐る恐る先生に自画像を提出する。高見沢先生は、特に何も反応を示すことなく、私が差し出した自画像をさっと見るだけで、また後ろに並んでいた人の画用紙を受けとった。

良かった。下手だなとか言われたら嫌だもん。

まあ、先生に限ってそんなデリカシーのない発言はしないだろうけど。

美術室から教室に戻ると、クラスの女子たちが「今日も格好良かったね」と高見沢先生の噂をする。


「ケーちゃんから『よく描けてますね』って言われちゃった」


「えーいいなあ! あたしも褒めてもらいたい」


「あの顔と声に褒められたら一週間は生き延びられるよね」


「一週間どころじゃないって。卒業までもつ」


 キャッキャッと黄色い声が聞こえて、相変わらずだな、と感心していた。

 高見沢先生は女子によくモテるから。

 今に始まったことじゃない。一年生のとき、初めて美術の授業を受けた瞬間から、彼の虜になる女子生徒が八割ほどいる。みんな、エンタメのように彼のことを格好良いと噂しているのかと思いきや、中には実際に先生に恋をする子までいる。それも、私が知っている中では複数人。噂によりと先生とデキている生徒までいるというから、驚きだ。……まあ、最後のは本当かどうか怪しいところではあるけれど。実際にそんなことになっていたら、先生はクビになるだろうし。


 と、高見沢先生への賞賛の声に埋もれながら、昼休みなのでお弁当を食べていたときだ。


「明日奈〜いる?」


 教室の前方から間延びした声がして、目の前に持ってきた唐揚げから教室の扉へと視線をずらす。そこには文也が立っていて、私と目が合うと特に断りもなくD組の教室の中へと足を踏み入れた。


「あんたから訪ねて来るなんて珍しいじゃん。お昼は食べたの?」


「うん。今日は購買で買ったパンだったからすぐに食べ終えたよ」


「なるほどね。あんたに限ってご飯をボイコットしてまでは来ないと思った」


「失礼な。僕だって一刻を争う大事な用事があれば、明日奈のもとへ駆けつけるよ」


 聞く人が聞けば胸キュンしそうなセリフなのに、文也が言うとどこか胡散臭い。


「で、どうしたの? 何か話があるんでしょ。もしかして幽霊のこと、何か分かった?」


「さすがは部長様だ。察しが良くて助かるよ。じつはさっき、A組にお客さんが来たんだ。いま、D組の教室の前で待ってもらってるんだけど」


「お客さん?」


 文也の言葉に、私はチラリともう一度教室の扉のほうを見やる。

 そこには、ぺこりと小さく頭を下げる女の子の姿があった。今時珍しいお下げを揺らし、キョロキョロと視線を泳がせている。見たことのない顔だ。


「えっと、訪ねてきた彼女、下級生?」


「そうだよ。二年F組の子らしい」


「はあ。それで、なんて言ってたの?」


「それが僕もまだ話は聞いていなくて。とりあえず部長のところに行くから待っててって伝えてある」


「なるほどね」


 次に彼が言わんとしていることは大体察知した。私は、食べかけのお弁当をじっと見つめて、どうしようかと迷う。

 来客はすでに来ちゃってるし……追い返すわけにもいかないよね。


「この前の僕の気持ちが分かっただろ?」


「……すみませんでした」


 以前私が強引に文也を調査に誘ったせいで、お弁当を食べるのを途中で断念せざるを得なかった彼の亡霊はいまここでようやく成仏したらしい。


 食べかけていたお弁当箱を一度しまい、腹五分目の状態で文也と共に教室から出た。


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