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拝啓 傷だらけのきみへ捧ぐ愛の殺人  作者: 葉方萌生
第一章 ミステリ研究会の幽霊調査
20/82

1-19

「確かあのとき……」


 私は、来海の絵を見たときのことを思い出す。

 クラスメイトたちが、それぞれ友達とご飯を食べて駄弁っている最中に、窓際の席で黙々と作業をしている彼女のことが気になって、つい後ろから覗いてみたのだ。


『綺麗……』


 青を基調とした蝶と花畑の絵を見て、思わず息をのんだ。

 青色だけで、目の前に景色が広がっているかのように鮮明に想像ができる。彼女の絵に心を鷲掴みにされて、その場から動けなくなった。


 私の声に気づいて、彼女がはたと振り返る。

 自分が描いている絵に感銘を受けて固まっている私を見て、彼女はどうしてか、ふと寂しそうに笑った。


『この絵、小泉さんには綺麗に見える?』


『う、うん。とっても綺麗だよ。なんだろう。青しか使っていないのに、私には色鮮やかに見える』


『……そっか。それなら、いいや』


 意味深に頷いた彼女だったけれど、やっぱりどこか切なそうな表情を浮かべていることに気づいた。

 だけど、それ以上踏み込おうと思えるほど、私と彼女の関係は深くなかった。

「坂入さん」と喉元まで出かかった言葉をのみこむ。

 もし、あの時からすでに来海が何か悩みを抱えていて、三年生の四月に、悩みが爆発してしまったのだとしたら……。

 あの時、もっと来海の話を聞いていればよかった。

 私が話を聞いたところで彼女の抱えているものが軽くなったかは分からないけれど、何もできずに彼女を失うことになったいまよりはずっと、現実を直視できていたと思う。


「明日奈、大丈夫?」


 来海の絵を見て動きを止めた私を心配してくれたのか、文也が私の肩をトントンと軽く叩いた。


「あ、ごめん。ちょっといろいろ思い出しちゃって」


「そうか。僕も同じ」


「文也も?」


「うん。一年生のとき、放課後に美術室に前の授業で置き忘れてた筆箱を取り来て、たまたま坂入さんを見かけたんだよね。美術部の活動で絵を描いてたんだ。まだ他には誰もいなくて、一番乗りで美術室に来てたみたいなんだけど、そのとき声をかけてくれたんだ。『これ、忘れ物?』って。僕が頷いて受け取ると、彼女は『佐野くんってミステリ研究会だっけ? 楽しそうだね』って笑ったんだ。世間話の一つだとは思うけど、その時の彼女、なんだか僕のこと羨ましそうに見てる気がしたんだよね。だからさ、坂入さんは美術部のこと楽しいと思ってないのかなっていろいろ勘繰っちゃった」


 文也が接していた彼女にもまた、言葉の端々に翳りを感じていたんだ。

 教室では来海は普段から、笑顔が素敵な女の子というイメージだったし、きっとみんなもそう思っていただろう。誰に対しても分け隔てなく接するその姿を見て、マドンナだとみんながもてはやした。

 でも……もしかしたら本当は、来海の中に、誰にも見せないまったく別の彼女がいたのかもしれない。

 誰しも表の顔と裏の顔を持っている。私たちが見ていた来海は、いったいどの来海なんだろうか。


「なんか、ちょっとしんみりさせちゃったね、ごめん。でも僕も、この絵を見て坂入さんのこともっと知りたくなった。僕にもできることがあるなら協力したい。改めてそう思ったよ」


 文也の中で一つの決心がついたのか、来海のスケッチブックを見つめるまなざしに、真剣さが滲み出ていた。


「うん、私も、やっぱりちゃんと調べようと思った。幽霊が本当に来海なのか。そうだとしたら来海は現世に未練を残してる可能性が高いってことだよね。来海の真実を、私たちは知らないといけないと思う」


 それが、来海のことをひたすらマドンナだと持ち上げて、彼女の心に潜む苦悩を見抜けなかった私たちの贖罪だと思うから。

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