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「すまない。どうも僕は片付けが苦手でね。たぶん発達障害かなにかの類だと思ってるよ」
「それ、言い訳じゃないですか? 部屋の乱れは心の乱れです。綺麗にしてください」
思ったよりもズバズバと高見沢先生を注意する莉世。二人はどういう関係なのだろうか。莉世は美術部なのか? いや、来海が生前話していた話によると、確か彼女は天文部だと言っていたような……。
「はいはい。鶴見さん、きみはやっぱり真面目だね」
「そういう問題じゃないです。先生が散らかしすぎなだけです」
高見沢先生を見つめる莉世の眼光は鋭い。この学校の女子生徒のほとんどは、高見沢先生がイケメンなのにこんな感じでちょっと抜けているところが良いと絶賛しているのだけれど、彼女は違うようだ。
そこでふと、莉世が私と文也の存在に気づく。振り返った彼女の肩がぴくんと跳ねた。
「驚かせてしまってすみません。あの、私たちミステリ研究会なんですけど、ちょっととある件について調査をしていて」
「調査?」
二人が怪訝そうな表情を浮かべる。それもそうだろう。美術室に調査に来るなんて、何事かと思うのは間違いない。
「いや、その、ここ最近、三年生の間で幽霊目撃情報が相次いでおりまして……」
控えめに切り出すと、高見沢先生は「ほう」と頷き、莉世はキッと表情を固くした。
「そういえば、花村がそんなこと言ってたわね」
莉世がぼそりとつぶやく。そうだ。彼女も花村くんと同じB組だから、幽霊の噂について知っていても不思議じゃない。とういうか、今や三年生全体の間で幽霊目撃情報についての噂が広がっていると言っても過言ではなかった。
「うん、そうなの。その幽霊が、美術部だった坂入来海なんじゃないかって憶測が飛び交ってて」
来海の名前を出したとき、二人は分かりやすく動揺していた。高見沢先生は美術部の顧問だし、莉世は来海の友達だ。二人が来海の名前を聞いて強い反応を示すのは自然なことだ。
「……なんでそんなことになってるの」
心なしか、苛立ちを含んだような声が美術室に響き渡る。莉世が両眉をぎゅっと寄せて私たちを睨みつけている。その顔を目にして心臓がドクンと大きく跳ねた。
「えっと、その幽霊の見た目が来海に似てるっていうのと、とにかくみんなの心に来海のことがずっと消えないから……かな。もちろん確証なんてどこにもなくて、ただの推測だよ。だけど私たちも来海のこと思い出して、来海が入り浸ってた美術室で、来海のことを考えたいなって思って……」
「ふうん。つまり、幽霊騒動がきっかけで今まで忘れてた来海のこと都合よく思い出したから、感傷に浸りにきたってわけね」
思った以上に棘のある発言に、グッとつま先に力が入る。
でもまあ、それもそうか……。
莉世は来海といちばんの仲良しだった。そんな彼女からすれば、幽霊騒動が起きたから、来海のことを思い出したなんて言われて面白くないはず。もちろん、私は今まで来海のことを忘れていたわけじゃない。D組のみんなの心に、来海との別れの悲しみがずっと巣食っている。この幽霊騒動は確かにきっかけに過ぎないけれど、来海のことを考えたいというのはみんな同じ気持ちなはずだ。
「気を悪くさせたらごめん。でも来海のこと、私も救えなくて後悔してたの。だから考えさせて」
同じクラスだったのに、来海が自ら死のうと思うまで、何も気づいてあげられなかった。
そこに大きな後悔があるのは間違いない。
莉世は私の言い分を聞いて納得したのかどうか分からない。でも、「……勝手にすれば」と小さくつぶやいて美術室から出て行った。