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「情報提供ありがとう。じつは、他にもきみとほぼ同時刻に幽霊を見たという人たちがいてね。ちょうど調査中だったんだ」
にっこりと微笑みながら言う文也は、正直何を考えているのか分からない。
「そ、そうなんだ。俺以外にも幽霊を見たやつが……」
花村くんは、怯えた様子で宙を見据える。その怖がりな様子を見て、彼が嘘をついているのではないという確信に至る。嘘をついているとすれば、この怯えようはないだろう。相変わらず彼の額には汗が滲んでいるし、前髪はべっとりと額に張り付いている。これがもし演技だったら、私はやっぱり人間不信になる自信がある。
「俺、幽霊は来海なんじゃないかって、思って……」
来海。
彼の口からその名前が出てきて、身体がびくんと跳ねる。
三年D組の坂入来海——私のクラスメイトであり、花村くんの恋人だった彼女は、今年の四月に事故で亡くなった。正確には、この地域一帯を流れる清鳥川に流されて行方不明となり遺体は見つかっていないようだが、事故現場の状況からして、溺死した可能性が高いとされている。具体的には、来海が事故に遭う前に自殺をほのめかす出来事があった。だから警察は、彼女が自ら川に飛び込み流された可能性が高いと結論づけたのだろう。それ以上詳しいことは、いちクラスメイトに過ぎない私には分からない。恋人だった花村くんは何か別の真実を握っているのかもしれないけれど。来海の幽霊を疑うということは、少なくとも来海がもう還らぬ人になっているということが、彼の中でも疑いようのない事実なのだ。
チ、チ、チ、と部室の時計の秒針の音が静けさの中でこだまする。
幽霊、とつぶやいた花村くんの瞳には鈍い輝きが見え隠れする。恋人だった来海に、幽霊でもいいから会えるかもしれないという希望だろうか。それとも、来海が幽霊になって学校に現れているかもしれないという怯えだろうか。どちらとも取れるまなざしに、私はその瞬間じっと引き込まれていた。
「……どうして来海の幽霊だと思うの?」
来海、と私が口にしたのは久しぶりだった。生前、私は彼女のことを「来海ちゃん」と呼んでいたけれど、それほど親しいわけじゃなかった。もちろん何度か会話をしたことはあるけれど、たとえば放課後に一緒に遊んだり、体育のペア決めで一緒にぺアを組んだりするほど仲良しだったわけじゃない。いちクラスメイト。話しやすい子ではあったけれど、どこかミステリアスな雰囲気を纏っていて、彼女の内面に踏み込んでいいのか分からなかった。
それに……と彼女のことをより深く思い出す。
来海は学年のマドンナと言われるほど、清楚で美しかった。白い肌と艶のある黒髪が特徴で、深窓の令嬢だという噂もあった。が、実際のところ、彼女の家柄については誰も知らない。見た目の雰囲気からそう噂されていただけで、ごく普通の一般家庭の子だった可能性のほうが高いのだけれど。でも、根も歯もない噂が立つぐらいには、彼女は美しく気高く、この学校の神さまみたいな存在だった。
それでも、一対一で話をするときは話しやすい子だと思った。ちゃんと相手の目を見つめて話をしてくれるタイプのひとだった。大きくて揺れる彼女の瞳に見つめられると、こちらはとても緊張してしまうけれど、でも、会話自体はスムーズに進むし、彼女の言葉の端々からはやさしさのオーラみたいなものが滲んでいた。だからみんな、マドンナと言われる来海と普通に接していたように思う。