きみが死んだという知らせを受けたとき、心の底からほっとした。
寄り添えると思っていた心が、どれほど傷だらけになっていたか。
きみの隣を歩くわたしさえ、気がつかなかった。
ただ、ふたりで一緒にいられる時間がしあわせで仕方がなかったから。
だからきみの死はきっと、きみを救う。
わたしがそれを、証明してみせるよ。
***
リノリウムの床に、非常階段の照明の緑がぼんやりと浮かび上がる。
午後八時五十七分、長良高校B棟四階の廊下では、三年A組の女子生徒二人と男子生徒二人が並んで歩いていた。
「ねー、今何時? めっちゃ暗くない?」
ポニーテールの少女、新田雪美はキョロキョロと左右を見ながら声を漏らす。
「もうすぐ九時。そりゃ夜だから暗いって」
丸刈りの小峰颯太が呆れたように答える。こんがり焼けた肌が夜の闇に紛れて、白い瞳がまるで浮かんでいるように見えるから、幽霊みたいだなと、雪美はちょっと失礼なことを思う。
「じゃなくてさ、こんな夜遅くまで残ったの、初めてじゃん」
「まあそうだな。文化祭準備期間は始まったばっかだし、これからずっとこんなだぞ」
「うわあ、あたし、この時間には自分がつくったお化け屋敷でも入りたくないなぁ」
今度はもう一人の女子生徒、赤羽めいりがぶるりと身体を震わせた。
「そんなこと言ってたら本当にお化けでそうじゃん? やめとけよー」
カッカッとからかうように笑う、渡辺一輝は、大きな身体を堂々と揺らしながら歩いていた。
「いいからさっさと工作室行こうよ。カッターとかガムテープとか諸々取ってこないと」
「だな」
雪美の言葉に全員がまっすぐに前を向いて、B棟四階の一番北側にある工作室へと歩く。お化け屋敷の制作をするのに道具や材料が足りなくなったと一番に気づいたのはめいりだった。だけど、臆病なめいりは一人で工作室に道具を取りに行くのが怖いと言い、だったら私がついていくと手を挙げたのが雪美。それから、雪美のことが好きな颯太が名乗り出て、たくさん運ぶかもしれないから俺も要るだろとついてきたのが一輝。
めいりは、さすがに四人も必要ないと思ったが、せっかく名乗り出てくれたみんなの気持ちを無碍にすることができなかった。
かくして四人で工作室に向かっていたのだが、先頭を歩いていた雪美が突如、歩みを止めた。
「あ、あれ……」
真後ろにいためいりが、立ち止まった雪美の背中に鼻をぶつける。
「め、めいり、あれ……」
「なあに?」
よく見たら、雪美の身体が震えていて、右手はまっすぐに前方の廊下を指差している。ちょうど、あと五メートルほど歩けば工作室の入り口に着く頃だ。
雪美の指差すほうを見ためいりは、あっと息を止める。
工作室よりもさらに奥の、四階の廊下の突き当たりの壁に、ゆらゆらとゆらめく白い影が見えたからだ。よく見たら、人のカタチをしているし、制服を着ているようにも見えた。白い影のスカートらしきものがはらりと揺れる。
「きゃあーっ!」
恐ろしさに顔を覆うめいり。後ろにいた男子二人が、「なんだ!?」と同じように前方に目をやる。途端、ひいっと、短く悲鳴を上げる颯太。
「うそ、あれ……幽霊じゃん」
一輝のその一言が、全員をその場に繋ぎ止めておくのに限界だった。
「「うわあぁぁあぁぁー!!」」
四人全員で雄叫びを上げて一目散に、いま歩いてきた廊下を駆け戻る。工作室から道具を取ってくるのも忘れて。
彼らの後ろでは廊下の突き当たりで、いまだ白い影がゆらめいていた。