赦しと真実
王都に戻ったイリナは、すぐにレオンを探し始めた。
骨董市の常連たちの話を辿ってゆくと、彼が最近、市の外れの廃工房を借りて暮らしていることがわかった。
扉を叩いたのは、夕暮れ時だった。
錆びた鉄扉がゆっくり開き、そこに現れたレオンは、以前より少しだけやつれて見えたが、どこか吹っ切れた表情をしていた。
「来ると思ったよ」
その言葉に、イリナは胸の奥がざわついた。
「話があるの。聞いてくれる?」
「聞くさ。俺も、話すつもりだったから」
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二人は工房の片隅に腰を下ろした。
古びた机の上には、魔道具の修繕工具と、使いかけの羊皮紙。
王都の喧騒から離れた静かな空間に、やわらかい沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、イリナだった。
「魔女アルマの記録を見たの。……あなたの魔法は、失敗じゃなかった。ただ、わたしがあのとき、自分の気持ちから逃げたせいで、感情が歪んだの」
レオンは少し驚いたように目を見開いた。
「それを、あの場所まで行って確かめたのか?」
「ええ。あなたのことを知らないまま、“後悔”の正体を自分の中に閉じ込めておくのが怖かったの」
風が、壊れた窓から吹き込み、ふたりの髪を揺らした。
「私ね、あのとき“将来がない”って言った。でも、それはあなたのせいじゃない。……自分が不安だったの。あなたを信じることが怖かっただけ」
レオンは黙って耳を傾けていた。
その沈黙が、イリナには救いだった。
「わたしが感じていた“後悔”は、きっと魔法によるものじゃない。あれは……あなたを踏みにじった、あの日の私自身を、赦せなかったの。魔法はそれを、ただ浮かび上がらせただけ」
言葉のひとつひとつに、イリナの心が滲んでいた。
「レオン……赦してなんて言わない。でも、もう一度だけ、あなたの目を見て、過去をまっすぐ見つめたかったの」
長い沈黙のあと、レオンは小さく笑った。
「……あの魔法を使ったこと、後悔はしてない。たとえ成功してたとしても、お前の本当の気持ちじゃなかったって、きっと気づいてた」
「じゃあ、なぜ?」
「お前を忘れたくなかった。それだけだよ。魔法で気持ちを移そうとしたのは、どんな形でも“想い”を残しておきたかったからだ」
彼の瞳に、少しだけ涙がにじんでいた。
「……でもな、イリナ。今日のお前の言葉を聞いて、ようやく俺も“赦す”ってことを知った気がする。お前をじゃない。俺自身をだ」
イリナの目にも、いつの間にか涙が溜まっていた。
⸻
その夜、二人は長く話をした。
失った時間のこと、交わらなかった想い、そしてこれからのこと。
すべてが元に戻るわけではない。
魔法のように都合よくやり直すこともできない。
でも、確かにひとつの“棘”は抜け落ちた。
それだけで、過去の痛みは少しだけ優しくなった。