記憶の魔法
レオンと別れてから数日、イリナは落ち着かない日々を過ごしていた。
後悔は、魔法で生まれたものなのか。
それとも、心の底に本物として宿っていたのか。
考えれば考えるほど、わからなくなる。
――わたしは、自分の感情すら、自分のものだと信じられなくなってる。
そんな自分を変えるために、イリナは行動を起こした。
レオンが口にした魔女、アルマ。
記憶と感情を編み替える“禁術”に手を染めたと噂される、放浪の魔術師。
彼女の名は、王立魔法図書館の旧記録にも記されていた。
イリナは、王都の南、谷に沈む村エンデルを訪れた。
そこにはかつて、アルマが研究所を構えていたという。
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森を抜けると、崩れかけた石造りの小屋が現れた。
扉は朽ちていたが、内側には魔法結界の残滓がかすかに漂っていた。
イリナは慎重に一歩を踏み出す。
内部には、黄ばんだ書物と壊れた魔導具が積み上がっていた。
埃の匂いと、遠い記憶のような魔力の波が交錯する。
「アルマ……ここに、本当にいたのね」
そのとき、床の隅で何かが光った。
それは、魔力の封印石だった。
記録映像を保存できる古い魔導具で、触れると過去の声や映像が再生される。
イリナは手を伸ばし、そっと石に指を触れた。
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《……記録開始。使用者:アルマ・ルヴァリエ》
《感情転写術式、試作第三号。依頼者:レオン・ヴィスナー》
《目的:他者の“愛情感情”を、依頼者の精神領域に転写》
《警告:対象者が拒否感情を持つ場合、転写される感情が変質する可能性あり。具体的には、未解消の“後悔”や“罪悪感”に置き換わる恐れがある》
《本術式は未承認、倫理規範違反につき――》
音声が途中で途切れる。
イリナは、頭を抱えた。
やはり、レオンの言っていたことは事実だった。
だが、それは彼の“思いつき”ではない。彼は、自らの意志で禁術を選び――
「……わたしの気持ちを、魔法で得ようとしたのね」
でも、失敗した。
そして、後悔だけが互いの間に残った。
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外に出ると、夕暮れの風が頬を撫でた。
イリナはふと、自分の胸の内にあった“後悔”が、ほんの少しだけ、形を変えていることに気づいた。
――あのとき振ったことを後悔していたわけじゃない。
正確には、彼の痛みを理解しようとしなかった自分を、悔いていたのだ。
それは魔法のせいではない。
魔法によって、ただ感情の奥底にある傷が、浮かび上がっていただけだったのかもしれない。
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そしてその夜、イリナは王都に戻る決意をした。
もう一度、レオンと向き合うために。