表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

再会と謎

その男は、あの頃とまるで別人だった。


 だが、笑い方だけは――変わっていなかった。


 「……なんで、あなたがここに?」


 イリナの声は、驚きと戸惑いに濁っていた。

 レオン・ヴィスナー。元・王直属魔導士。失墜した魔法使い。

 その肩に掛けられた布袋は薄汚れていて、かつての高貴な装束の面影はない。だが、彼の目だけは、あの頃と同じ色で輝いていた。灰と琥珀のあいだにある、燃え尽きた火のような眼差し。


 「お前が先に俺を見つけると思ったけどな。案外、避けてた?」


 からかうような調子だった。

 だがイリナは反射的に言い返した。


 「避ける理由なんてないわ。ただ――あなたがどこにいるか知らなかっただけ」


 レオンは片眉を上げると、「そりゃあ、そうか」と肩をすくめた。

 そして、骨董市の片隅にあるベンチを指さした。


 「立ち話もなんだし、どうせ暇なんだろ? ちょっと話そうぜ、元・恋人さん」


 その馴れ馴れしさに、イリナの感情が揺れた。

 嫌悪か、それとも懐かしさか。すぐには判別できなかった。


 ***


 「魔力が、消えたのよね。あなたから」


 ベンチに並んで腰かけたあと、イリナは静かに切り出した。

 レオンは頷くでも否定するでもなく、空を仰いだ。


 「そうだな。俺はもう、魔法が使えない。正確には……使うべきじゃない、ってとこか」


 「“使うべきじゃない”?」


 「使えば、代償が来る。でかすぎる代償がな」


 言葉の裏に、何かを隠している気配があった。

 イリナは、じっとレオンの横顔を見つめる。

 日差しに照らされたその顔は、落ちぶれたはずの男のものには見えなかった。何かを乗り越えた者の顔だ。


 「……ねえ、レオン。ひとつ聞いていい?」


 「ん?」


 「――わたし、後悔してるの。あなたを振ったこと。ずっと、ずっと……自分を責めてる。だけどね、あなたが凋落して、もう立場もなくなった今でも、なぜかその後悔が消えないの」


 その言葉に、レオンは初めて表情を止めた。

 風の音が、ふたりの間をすり抜ける。


 「だから知りたいの。わたしのこの気持ち……どうして、こんなにも深く刺さったままなの?」


 レオンは視線を落とし、ポケットから小さな銀のペンダントを取り出した。

 それは、かつてイリナが彼に贈ったもので、捨てたと思っていた。


 「覚えてるか? これ」


 「……なんで、それを?」


 「俺なりに……お前のことを、忘れないようにしようとしたんだ。魔法で、な」


 イリナは息をのんだ。


 「魔法?」


 「ああ。俺はある魔女に頼んだ。“お前の感情”を一部、自分に移す魔法だ。――当時はお前が俺を愛してないのがわかってた。でも、もし俺の中に少しでもお前の“本当の想い”を残せたら……って、思ってな」


 イリナは言葉を失った。

 感情の魔法。それは極めて禁忌に近い術だ。失敗すれば、感情が歪んで別の誰かに移る可能性もあると聞く。


 「でも失敗したんだろうな」


 レオンは苦笑いを浮かべた。


 「愛情は移らなかった。代わりに、後悔だけが流れ込んだ。……お前じゃなくて、俺が、ずっと自分を責めるようになった。おかしいだろ?」


 イリナは震える手を胸に当てた。

 では、今自分が抱えているこの後悔は――


 「……その魔法の“副作用”? わたしが感じてるのは、本来あなたの感情?」


 「さあな。でもたぶん、魔法は感情を完全に移せない。誰かの記憶や想いは、魔力に混じって、別の形で残る。だから――」


 レオンは立ち上がり、こちらを見下ろした。


 「お前の後悔が本物なのか、それとも俺の魔法のせいなのか。それは、お前自身が決めるしかない」


 その言葉を残して、彼は骨董市の雑踏の中へと歩き出した。


 イリナは立ち上がれずに、その場に座り込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ