再会と謎
その男は、あの頃とまるで別人だった。
だが、笑い方だけは――変わっていなかった。
「……なんで、あなたがここに?」
イリナの声は、驚きと戸惑いに濁っていた。
レオン・ヴィスナー。元・王直属魔導士。失墜した魔法使い。
その肩に掛けられた布袋は薄汚れていて、かつての高貴な装束の面影はない。だが、彼の目だけは、あの頃と同じ色で輝いていた。灰と琥珀のあいだにある、燃え尽きた火のような眼差し。
「お前が先に俺を見つけると思ったけどな。案外、避けてた?」
からかうような調子だった。
だがイリナは反射的に言い返した。
「避ける理由なんてないわ。ただ――あなたがどこにいるか知らなかっただけ」
レオンは片眉を上げると、「そりゃあ、そうか」と肩をすくめた。
そして、骨董市の片隅にあるベンチを指さした。
「立ち話もなんだし、どうせ暇なんだろ? ちょっと話そうぜ、元・恋人さん」
その馴れ馴れしさに、イリナの感情が揺れた。
嫌悪か、それとも懐かしさか。すぐには判別できなかった。
***
「魔力が、消えたのよね。あなたから」
ベンチに並んで腰かけたあと、イリナは静かに切り出した。
レオンは頷くでも否定するでもなく、空を仰いだ。
「そうだな。俺はもう、魔法が使えない。正確には……使うべきじゃない、ってとこか」
「“使うべきじゃない”?」
「使えば、代償が来る。でかすぎる代償がな」
言葉の裏に、何かを隠している気配があった。
イリナは、じっとレオンの横顔を見つめる。
日差しに照らされたその顔は、落ちぶれたはずの男のものには見えなかった。何かを乗り越えた者の顔だ。
「……ねえ、レオン。ひとつ聞いていい?」
「ん?」
「――わたし、後悔してるの。あなたを振ったこと。ずっと、ずっと……自分を責めてる。だけどね、あなたが凋落して、もう立場もなくなった今でも、なぜかその後悔が消えないの」
その言葉に、レオンは初めて表情を止めた。
風の音が、ふたりの間をすり抜ける。
「だから知りたいの。わたしのこの気持ち……どうして、こんなにも深く刺さったままなの?」
レオンは視線を落とし、ポケットから小さな銀のペンダントを取り出した。
それは、かつてイリナが彼に贈ったもので、捨てたと思っていた。
「覚えてるか? これ」
「……なんで、それを?」
「俺なりに……お前のことを、忘れないようにしようとしたんだ。魔法で、な」
イリナは息をのんだ。
「魔法?」
「ああ。俺はある魔女に頼んだ。“お前の感情”を一部、自分に移す魔法だ。――当時はお前が俺を愛してないのがわかってた。でも、もし俺の中に少しでもお前の“本当の想い”を残せたら……って、思ってな」
イリナは言葉を失った。
感情の魔法。それは極めて禁忌に近い術だ。失敗すれば、感情が歪んで別の誰かに移る可能性もあると聞く。
「でも失敗したんだろうな」
レオンは苦笑いを浮かべた。
「愛情は移らなかった。代わりに、後悔だけが流れ込んだ。……お前じゃなくて、俺が、ずっと自分を責めるようになった。おかしいだろ?」
イリナは震える手を胸に当てた。
では、今自分が抱えているこの後悔は――
「……その魔法の“副作用”? わたしが感じてるのは、本来あなたの感情?」
「さあな。でもたぶん、魔法は感情を完全に移せない。誰かの記憶や想いは、魔力に混じって、別の形で残る。だから――」
レオンは立ち上がり、こちらを見下ろした。
「お前の後悔が本物なのか、それとも俺の魔法のせいなのか。それは、お前自身が決めるしかない」
その言葉を残して、彼は骨董市の雑踏の中へと歩き出した。
イリナは立ち上がれずに、その場に座り込んでいた。