後悔は、魔法のように
昼下がりの王都グランゼル。石畳を照らす日差しは柔らかく、夏の気配を帯びていた。
イリナ・セリオールは、街の目抜き通りを歩きながら、ゆっくりと呼吸を整えていた。香水と魔道薬の混じる空気。貴族街特有の人工的な甘さが、今では少し苦い。
いつからだろう。
レオンの名前を聞くたび、胸の奥に小さな棘が刺さるようになったのは。
――レオン・ヴィスナー。
かつてただの下級魔法使いだった男。地位も家名もない、魔力すら平凡な青年だった。
だから、イリナは彼を振った。
彼の夢を笑ったわけではない。ただ、現実を見てほしかったのだ。貴族と平民では、将来が違いすぎると。けれど――
「……あれが、間違いだったのかしら」
ぽつりとこぼれた声は、風に溶けて消えた。
レオンはその後、驚くべき速さで出世した。かつての王都魔法学院で主席を取り、軍務に就き、戦功を挙げ、ついには王直属の魔導士団に抜擢された。
新聞の紙面を飾るその名を見るたびに、イリナの心はざらついた。
後悔。
それはきっと、自業自得だと思っていた。
だが、レオンがある事件をきっかけにすべてを失ってからも、その後悔は消えなかった。
むしろ、より深くなっていた。
「……なんでなのよ」
彼は失墜した。魔力を失い、官位を剥奪され、いまやどこにいるかもわからない。
普通なら、そこで“区切り”がつくはずだった。
けれどイリナの心に巣食うその感情は、いまだに刺さったままだった。
まるで、何かに呪われているかのように。
ふと、路地の先に人だかりが見えた。骨董市だろうか、屋台が並び、魔法具や古書、ガラス細工が軒を連ねている。
気を紛らわせようと、イリナは足を向けた。
どこか懐かしい魔力の残滓を感じながら、露店の並ぶ通りを歩いていると、ふと――声がした。
「よう。まだ俺のこと、恨んでるのか?」
その声は、背後からだった。
瞬間、イリナの心臓がひとつ跳ねる。
振り返ると、そこに立っていたのは――
かつて彼女が“未来がない”と切り捨てた男、レオン・ヴィスナーだった。
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