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第61話 【最終話】さようなら、家族の皆様

「何をしている、ランディ! もっと早く走れ、周りに迷惑だろうが!」

「っ、は、はい!」


 ランディの入学した寄宿学校は、かなり厳しいことで有名だったが、想像以上のものだった。

 起床時間や消灯時間が定められているのは当たり前として、体育の授業では周りとの連携強化や体力の強化、魔力を伸ばすための実地訓練など、やることがかなり多い。


 以前通っていた学校の授業からは考えられないほど厳しいものだったが、ランディ本人が『これくらいでないと、自分の性根は叩き直せない』と言い切ったのだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 これまでランディの通っていた学校は、そこそこ頑張っていれば、そこそこの結果が残せた。

 尚且つ、名門とされたローレル家子息ということもあり、何も言わなくても周りにはたくさんの友人がいた。


 だが、それはあくまでランディを「ローレル家」の人間だと分かっているから、それで近付いてきただけの人たち。


「……聞いたか?」

「嫁いできた人に対して、とんでもないことしてたんだろう?」

「お母様に聞いたけど、子供には聞かせられないわ! ……って言われちゃったの……」


 あの事件ともいえるべき離縁騒動は、リカルドやセレスティンが思っていたよりも大きな波紋を広げた。

 離縁が成立する少し前、登校したランディを皆がばっと一斉に見て、そして訝しげな顔をしている。

 やめて、と今までのランディなら叫んだかもしれない。だが、やってしまったこと、祖母と父のやらかしは事実だから何も言えない。


 とん、とカバンを置いたランディに、一人の女子生徒が恐る恐る近付いてきた。


「あの……ランディくんちのお話って、本当なの……? お母様を……その……」

「本当だよ」


 迷いなく頷いたランディを見て、クラスメイトにはどよめきが走った。

 少しだけえらそうなところもあるけれど、ランディはそんなことをしないと信じていたのに、と明らかに嫌悪の眼差しがあちらこちらから突き刺さる。


「……ローレル家はもう、無くなる。僕も、ここからいなくなるよ。だから、わざわざ縁切りなんかしなくても良いから僕がいなくなるまでは普通に……」

「それはお前の意見とか都合であって、こっちの気持ちなんか考えてないやつだよな」


 クラスの取りまとめ役がズバリと言ってしまえば、ランディはぐっと堪えるように口を噤んだ。

 本当のことだが、身内に言われるのと、こうやってつい最近まで仲の良かった人から言われるものとでは、重さが違う。


「……言うことは、ごもっとも、だよ……」

「ここからいなくなって、お前はどうするんだよ」

「……遠いところに、行くんだ」


 ランディの言うことが本当ならば、色々あってローレル家に嫁いだサイフォス家令嬢を、殺す一歩手前まで追い詰めていた、ということ。

 それにはランディがどうとかではなく、現当主であるリカルドや、先代当主の妻が一緒になってあれこれやった、ということなのだが、『子供に聞かせるにはあまり良くない』という理由で『あれこれ』は詳しく知らない。


 だが、ランディの目には嘘の色はない。

 あぁ……本当なんだな、とクラスの面々はどことなくショックを受けた顔をしているのだが、これも今だけのものかもしれない。


 別れが寂しいのか、あるいはネタが去るから面白おかしく噂できないのがつまらないのか。


 ああ、嫌な思考回路だ、とランディはほんの少しだけ苦笑いを浮かべつつ、何事もなかったかのように授業の準備をしていった。


「(きっと……面白おかしく語り継がれるんだろうなぁ……)」


 そう思ってその日、授業を受けて終わり、身支度を済ませたランディが帰ろうとしているときだった。


「……あのさ」

「……?」


 遠慮がちに声をかけてきた一人の男子生徒。

 普段はランディと会話したことが少ないが、物静かに読書をしている子ではなかっただろうか、と思っていると、苦笑を浮かべて言葉を紡いだ。


「お前のやったこと、結構いろんなところまで広まってるから……あの、気を付けてな。色々と、さ」

「あー……」

「でも、お前はやり直すって決めたんだろう?」

「う、ん」

「こっちがこんなこと言える義理じゃないんだけど、……頑張れよ」


 ぽん、と肩に手を置かれた。

 それがとても温かくて、ランディはじわりと目に涙が浮かび、零れ落ちないように必死に我慢しながら大きく頷いたのであった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ミスティア、書類は提出できたのか」

「はい」

「結局本人の署名はもらえなかったんでしょう?」

「そうなんです、なのでレオルグ様でも大丈夫なようにお母さまが物凄い勢いで対処してくださって、無事に手続き完了、と知らせが届きました」


 ミスティアがそう言った瞬間、すぽーん!ととても良い音がした。


「お兄さま、スパークリングワイン、真昼間から開けないでくださいまし」

「お祝いに……」

「ダメかしら……」


 なお、ステラはどこから取り出したのか『離縁おめでとう!』という焼き菓子で作られたプレートが乗ったどでかいケーキを持っている。


【ダメだった……?】


「精霊ちゃん……」


【ダメか……】


「王まで!」


 極めつけは、風の精霊たちがどこから運んできたのか花びらをふわふわ浮かせている。

 なお、王も同じようにスタンバイしているから、きっとこれはおめでとう!と叫びながらフラワーシャワーをする予定だったのだろうか。


「……まぁそりゃ、あの由緒正しきローレル家が、あんなにも見事に落ちぶれるだなんて、思いもしなかったわけですけど」


 かいつまんで言うと、ローレル家はレオルグの帰還と、彼の手によって解体の処理に入ってしまった。

 泣きわめくセレスティンや、考え直してくれとすがるリカルドがいたらしいが、現役騎士に縋りつくから足蹴にされるわ踏みつけられるわ、それはそれはさんざんたるものだったそうで。


【あのバカどうしてるんだろうね】


「レオルグ様は鍛えなおしも兼ねて騎士団に入れたかったけれど、何せ魔法が……その」


【並みも並みになるようにしておいたのでへっぽこだと思う】


 精霊が力を貸してくれない。

 いくら魔法を使おうとも、己の扱う属性の精霊が増幅してくれない。これが平民だったら問題ないのかもしれないが、貴族はそういうわけにはいかないのだ。


 なお、セレスティンも風魔法が増幅されない! と叫んでいたが、『魔法が使えるだけ感謝しろ!』と怒鳴りつけられた結果、自分も離縁だと叫びだした。


 さすがというか何というか、セレスティンは離縁をちらつかせればレオルグが自分に縋ってくると思っていたらしいが、それはレオルグを舐め切っているというものだ。

 離縁か、ではあと腐れないな。そう言い切って、レオルグはさっさとセレスティンと離縁してしまった。

 尚且つ、復縁を迫られたときに婚姻届けを再び出されてもかなわない、と言って『婚姻関係を再び、なんてことできませんよー』という趣旨の書類まで提出したから、セレスティンは文字通り悲鳴を上げた。


 風の精霊王曰く、雄たけびだった、らしい。


 一方でミスティアに対しては悪い噂が立つどころか、どちらかと言えば同情してくる声の方が多かったことに加えて、ランディの性格を矯正すべく立ち上がった母親、という見方の方が多かった。


「……リカルドがへっぽこなのはもうどうでもいいから置いておくとして、ランディに対しては私そんなに慈悲の心を向けたとかではないのだけれど……」

「それでも、ミスティアが手を差し伸べたからランディは更生の道を歩み始めただろう?」

「加えてミスティアちゃん、これからは神殿に目を付けられすぎないように色々頑張らなきゃいけないわよ~?」

「う……」


 離縁騒動の時に、ミスティアが精霊の愛し子だということや、改めて精霊眼の使い手だということが大きく知れ渡ることになってしまったのだ。

 神殿からは『神子候補ください!』と懇願されまくり、どうにかペイスグリルが退けているがいつまでもつのやら……という話であるが、風の精霊王が神殿関係者を容赦なく跳ねのける準備を始めている。もちろん、精霊たちだってミスティアの味方なのだから、ひとまずはゆっくりと体を休めて本調子になることが大きな目標である。


「……体の調子を戻したら……色々とやるべきこと、出来ることを考えなければいけないけど……」


【ミスティア、どうしたのー?】


「でも、あの人たちが私に対してやったことが原因でここまでできたんだから、ある意味感謝ね」


 ふふ、と笑ってミスティアは窓を開ける。

 そして、空へとこう叫んだ。


「さようなら、家族だった皆さま!」

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