第59話 これからに向けて
精霊の手助けがない、となれば魔法を使うものとしての見方が色々と変わってくる。
普通に魔法を使ったとしても精霊たちは自分たちの属性のものが使われれば、機嫌よく寄ってきて力を増幅させてくれる。その代わりに少しだけ魔法の一部を餌のように食べてしまうが、増幅する方が大きいから、むしろ寄ってきてくれるのは大歓迎なのだ。
では、それが無くなればどうなるのか。
「うそ……だろう……」
リカルドはある意味死刑宣告よりも重いそれを聞いて、愕然とした。
「だって……俺は、由緒正しきローレル家当主なんだぞ! その俺が風の精霊の力を借りられないだと!?」
【正確にはお前たちの一族の中での、風属性の魔法を使うもの全員、だが】
はっはっは、と朗らかに笑った王は、ミスティアの隣にすい、と移動した。
【仕方ないな、お前たちが舐めきって手を出した相手が悪すぎたのだよ】
もしも普通に夫婦として生活出来ていて、義母との関係も良好とまではいかなくても普通だったのであれば、こんなことにはならなかった。
これを招いたのは誰か。
リカルドやセレスティンであるが、諸悪の根源はミスティアを嫁に欲しいと言った奴。
ランディはまだ子供だから更生の余地があるのでは、と周りの大人たちもそう思えたのだが、もうこの二人に関しては無理だろう。
謝れ、と言えば言葉だけの謝罪をして『もういいだろう』とへらへらする。
そんなことで全てが解決していれば、警邏隊も何もかもいらないのだから。
「ミスティア……!」
助けてくれ、と言わんばかりにリカルドはミスティアへと手を伸ばす。
これが最後に縋れるものだと、必死に、助けてくれ、こんなこと望んでいない、と言っているようで、ミスティアは思わず口元を手のひらで覆った。
それを見て、あぁやはりミスティアは自分を愛していたんだ、とリカルドは内心でほくそ笑んだが、ミスティアが一歩下がったことで、あれ?と首を傾げた。
「……今まで助けてすらくれなかったのに、本当に都合のよろしいこと」
冷たく吐き捨てられた言葉に、リカルドはさぁっと血の気が引いていく音が聞こえたような気がした。
己の父を見れば、まるでミスティアを守るようにと彼女の前に立ち塞がり、姿を隠してしまった。
「なんで……」
「レオルグ様、この人がこんな調子なので……申し訳ございませんが代理人として離縁届けにサインをいただきたく存じますが……」
「そうしよう。それから、この二人は即刻わたしが連れて帰ろう」
ミスティアたちサイフォス家の面々に改めて向き直ったレオルグは、腰を折り、深く頭を下げた。
「改めて、この度は貴殿の大切なご令嬢に我が家の者がとんでもない非礼を……いいや、命までもを奪わんとしたこと、先代当主ではあるが、わたしが代わりにお詫び申し上げる。償いは、ローレル家本家の解体、ならびに財産を賠償金としてミスティア嬢宛にお送りすること、それから……」
レオルグは、ランディへと視線を向けた。
「ご子息の養育費として、お使いください。性根を叩き直すために寄宿学校に入学させることもご検討いただければ」
「そのつもりですわ。……ねぇ、ランディ」
「……はい」
当たり前だ、とランディはしょぼくれてはいるが、頷いた。
自分が撒いた種は、芽が出る前にさっさと刈り取らなければならない。
そのために、ミスティアとも離れて、きちんと学校に通うこと。
細やかすぎる一歩かもしれないが、ランディなりに自分がやらかした事にきちんと向き合おうと決めたということ。
父や祖母から物理的に離れて、どこの学校に入り直すかも知らせぬまま、改めて勉強をし直すということ。
そして、母であるミスティアに吐いた暴言というものは消えはしない。
せめて、誰に対しても恥ずかしくない自分になりたいと。ほんの少しの時間ではあるが、見せつけられた現実のあまりの酷さに、さすがに目が覚めたらしい。
子供であったことも幸いした。
ミスティアのある意味最後の賭けは、成功したのだ。




