第58話 ささやかの意味とは
愛しい孫に汚物を見るかのような視線を向けられたセレスティンだったが、すぐにぱっと我に返ってランディを睨み付けながらこう叫んだ。
「今までこちら側で母親の悪口三昧だったくせに、手のひら返しがうまいこと! やはり下賎な嫁の血だわね!」
「……っ」
図星をつかれ、ランディは黙ってしまうがゆるりと立ち上がったレオルグがランディのところに歩いてきて、そっと肩に手を置いた。
そして、叫んだセレスティンに向かってひと言、告げる。
「どう見てもお前の血だろう」
「は!?」
「責任転嫁をするところ、手のひら返し、お前の得意技だろうが」
「な……」
「え」
まさか己の伴侶にそんなことを言われるだなんて、きっとセレスティンは予想していなかったに違いない。
目を丸くして、口をぱくぱくと開け閉めしながら一人で百面相している。
「昔からこう、だったんですか」
「わたしがいるときには素直に謝りもしたんですが……まぁ、離縁されたら嫌だったんでしょうなぁ……」
「特大ブーメラン、ってやつですわね」
さらりと告げたステラをセレスティンが睨んだが、反対に微笑んだステラには本当のことでしょう?と可愛らしく言われてしまい、もう何も言えなくなってしまう。
一体何回これを繰り返すのか、とミスティアは呆れ返ってしまった。
「ランディ、これからは人の振り見て我が振り直せ、と言いますから……。あのようになってはならない、と心に刻みなさいね」
「う……、はい……」
「ランディは悪影響を受けてしまった、というわけか。……ランディ」
「は、はい」
「歯を食いしばれ」
「!?」
言われた瞬間、ぐっとランディは歯を食いしばる。
レオルグは思いきり手を振りかぶり、ミスティアやステラはまさかそのままの勢いでビンタを!?と体を強ばらせたが、ぺちり、ととても弱く、頬を叩いた、というよりは頬に触れた、というくらいのレベルのものだった。
「あ、れ?」
「……叩かれると思ったら、怖いだろう」
「……」
こくん、とランディは頷いた。
屈強な祖父に叩かれる、と思ったから体にぐっと力を入れたし、やってくるであろう衝撃と痛みにも備えた。
だが、それはやって来なかった。
思わず体から力が抜けて、腰も抜けてしまったランディはその場に力無くへたり込んでしまうが、レオルグはランディを抱き上げてから優しく言い聞かせる。
「体への痛みは、極端な話、無くしてしまうことはできる。だがな、言葉で痛めつけられた心は……傷ついたまま、治ることはないんだ」
「……っ」
「レオルグ様……」
レオルグは、ミスティアを見てにこりと微笑んだ。
「良いか、ランディ。お前は悪い経験と共に、良い経験をした。これからは、こんなことはしてはならん」
「はい……っ!」
思いきり叱られたわけではない。
ただ、ゆっくりと言い聞かせてくれたレオルグの優しさや、見捨てられかけていたはずなのに、ミスティアだってランディを見捨てなかった。
万が一の可能性にかけて、お願いだから、と希望を捨てなかった。
もしかしたら最後の希望だったかもしれないが、ランディはそれを掴み取ったのだった。
「…………おい、いい加減にしろよ」
ここで終わっていればいい話だったのだが、どうにもリカルドやセレスティンはそれができないらしい。
怒りに満ちたリカルドの声が遮ったのだが、ミスティアは彼の元に歩いていって、離縁届けを目の前にずずい、と差し出した。
「書いてくれる気になりました?」
「誰が書くか! 嫌がらせで離縁してやらねぇよ、バァカ!」
【ほう、嫌がらせ】
「は?」
それまで成り行きを見守っていた風の精霊王が、にっこりととても綺麗に微笑んで、リカルドの前にわざと姿を現した。
【嫌がらせか、なるほどなるほど! 人が人にそういった嫌がらせをするのであれば、我からも可愛らしい嫌がらせとやらをしてみよう!】
「はぁ!?」
あまりにもあっさり宣言され、リカルドは目を丸くするが、精霊王は何やら魔法を発動させている。
そして、手を高く掲げてこう告げた。
【我が子らに告ぐ、一切の手助け不要である】
「……あ」
ミスティアは、精霊眼を発動させていたから、それが何を意味するのか理解した。
一体何が、とステラがミスティアに駆け寄り、小声で告げられた内容を聞いて、ぶふっ!と思いきりステラが噴き出したのだ。
「ヤダもう姉さま」
「ご、ごめ……っ、ふふ、だって……お、面白い……」
「え? あの、母様?」
「ランディも知りたい?」
「うん」
頷いているランディを始め、他の面々も気になっているようでミスティアを興味津々に見ている。
「王が、風の精霊ちゃんたちにお触れを出したんです。ローレル家の系統の者たち全員に、風の力を貸さないように、と」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
さらりと言われた内容にリカルドが絶叫したが、精霊王は笑っているだけで、しれっと言った。
【範囲はお前たちだけだ。なぁ、ささやかな嫌がらせだろう?】