第55話 嵐の到来
【ミスティア】
「王」
ふと呼ばれ、ミスティアが顔を上げた先に不満そうにしている王が居た。
とんでもなく不満です、と顔に明らかに書いてあるから、思わずミスティアは笑ってしまった。
「ご不満ですか?」
【そんなクソガキを救うか?】
「っ……!」
クソガキ、という言葉にランディがびくりと体を強ばらせるが、言われるとおりだから反論なんて出来なかった。
「……親と子、というよりは……将来の魔術師への、投資という意味合いが近いかもしれないですわ」
「お母様……」
「私のせいで、この子の倫理観がねじ曲げられてしまったことに対する、償い……になれば良いのですが」
あはは、と苦笑いをするミスティアに対して、そなたが言うなら仕方ないな、と全員に聞こえるように不満タラタラな声なものの、それを是としたのであれば、と精霊たちも渋々ながら頷いた。
【ミスティア甘いー】
【そうだよ、ニンゲンなんてすーぐまた考えをくるっとひっくり返すよー?】
「あら、でもそれは私にだって当てはまるわよ?」
【ミスティアは良いの!】
「まぁ……私ったらとっても贔屓されてるわね」
【愛し子贔屓して何が悪いのさ】
【そうだそうだー!】
きゃいきゃいと騒いでいる精霊たちを悔しそうに見て、リカルドやセレスティンは歯ぎしりをしている。
どうしてランディだけ、と憎らしげにリカルドはランディを睨みつけていた。
だって、自分だってミスティア(の金)を愛していたのに。
自分だって、助けてほしいのに。
精霊に、愛されたいのに。
「クソが……!」
忌々しげに吐き出されたその声を、ペイスグリルはしっかりと聞いていた。
だから、静かに歩み寄って、思いきりリカルドの後頭部を踏みつけ、ぐりぐりと床に押し付けた、
「ふぎゃっ! っ……、ぐ、ぅ……!」
「リカルド!! あなた、なんて野蛮なことをするの! 訴えても良いのですよ!」
「やりたきゃやれ、クソババア」
「く、クソババア!?」
ペイスグリルから出たとんでもない暴言に、ぎょっとセレスティンは目を丸くした。
「クソババアにクソババアと言って何が悪い。……人の妹に暴力をふるい、最終的に殺そうとすらしていた犯罪者風情に、かけてやる情けも優しさも持ち合わせてはいない」
「な、ななな、何ですって!?」
キー!とまるで猿の雄叫びのような声を上げるセレスティンに、王が心底嫌そうな顔をしてぱちん、と指を鳴らした。
「……! …………!! ……!!!」
何だか叫んでいるが、風が音を運ばせないようにしているから、セレスティンの暴言は誰にも聞こえていない。
だが、醜悪な顔は、ランディはバッチリ見ていた。
「う、わ……」
「良かったわね、ランディ。あの人とは離れられるわよ」
「はい……」
【そこな子供は根は素直か】
「そうみたいですわ」
【だから付け入れられたのか。ふむ、精神を鍛えよ、子供】
「え!? あ、は、い……?」
疑問形で、けれどクソガキから『子供』という呼び名に変えてくれたあたり、風の精霊王はどうやら割と思考回路は柔軟らしい。
「はいはい皆様ー、とりあえずこの人たちを引き取ってくれる人がとんでもない速度でこちらにやって来るので、衝撃に備えましょうね~」
「え?」
「母さん、何言って……」
るんだ、と続くはずだったペイスグリルの声は、どがん!という爆音でその後が聞こえなかった、
ずず……と地響きのような音まで聞こえ、一体何が起こったんだ、と狼狽えるサイフォス家の使用人たちを落ち着かせてくるわ、とリリカはまるでスキップしそうな足取りの軽さで部屋を出ていった。
「まさか……」
「お母様が連絡をとったのって……いつだったんでしょうね……?」
「……」
ミスティア、ペイスグリル、そしてステラは三人揃って顔を見合わせる。
きっとやって来たのは、レオルグだろう。
だが、普通にやって来たとして、あんな爆音が響くのだろうか、とミスティアもたらりと冷や汗を流す。
【子供、起きよ】
「わぁ」
ランディをひょいと起こし、他の二人に圧はかけたままで精霊王はちょいちょいと手招きした。
「あの……?」
【この子供、巻き添え食らわせる訳にはいかんだろう】
「ランディ、拳骨一発くらいは覚悟しておきなさいね?」
「あ、はい」
一体何がどうなって、という疑問はかき消されるかのごとく、この会話が終わったその瞬間、部屋の扉が吹っ飛ばされた。
「…………えぇ…………」
もうもうと立ち上る土煙の中、ぬぅ、と大柄な男性がやって来た。
戸惑っているランディの口をそっとミスティアは塞ぎ、黙っていましょうね、とジェスチャーで伝えればこくこくとランディは頷いた。
素直になった、というよりは今から落ちる特大の雷に怯えているのだろうが。
「この…………痴れ者共がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
ビリビリと空気が震え、その場にいる全員が思わず背筋を伸ばしてしまった。
「あ、あなた……」
「……腐ったものだな……」
心底嫌そうな顔で、レオルグは這いつくばった己の妻を見下ろした。