第53話 どの口が言うのか
「フン、本当に性根の腐った嫁だこと!」
リカルドに離縁状を書け、と迫るミスティアを見て、セレスティンは苦し紛れとも取れる暴言を吐いた。
今までのミスティアであれば、そうやって言った直後に『ごめんなさい!』と謝ってきたのだが、無視を貫いている。
「聞いているの!?」
「早く書いてくれないかしら。手は動くんでしょう?」
セレスティンがいくら怒鳴ろうとも、きーきーと悲鳴のような声をあげようとも、ミスティアは一切気にしていない。
「ほ、本当にいいんだな!」
「……くどい」
はぁ、と思いきり大きな溜め息を吐いたミスティアを見て、リカルドはいよいよ『ミスティアは本気だ』と察した。
ランディも唖然として母親を見上げ、どうして、と力無く呟いた。
「あなた方が言ったことよ。私は、役立たずで、生きている意味もない、穀潰しの」
「あ……」
「精霊眼しかとりえのない、愚鈍な女だ、と」
結婚してランディを産んで、産後の肥立ちが悪かったミスティアを指さしてリカルドとセレスティンが怒鳴り散らしながら言い放った、人とは思えないほどの暴言。
ミスティアの心を砕きにかかった、一番最初の暴言を、ミスティア本人から淡々と告げられてしまう。
「そ、それは、事実で」
「えぇ、だからそんな嫁と縁が切れるのだから良いではないですか。違いまして?」
違わない。
違わないけれど、ミスティアと離縁すること、すなわちミスティアの家から金を引っ張れなくなってしまう。そうなったら、浪費家であるセレスティンのせいでローレル家の財産はあっという間に減ってしまい、父が帰ってきた時にリカルドが生きていられる保証がない。
「な、なぁ、ミスティア」
「ほら、さっさと書いてくださいな。貴方からも離縁を望んでいたでしょう?」
「違う! 俺は君のことを愛しているんだ!」
「あらあら、愛しているのは我が家のお金であって、私ではないでしょう?」
「な!?」
サラリと言われた言葉にリカルドは驚いて反論しようとするが、できない。
浮気をしていなかったことだけは、ある意味褒められるのだが、ミスティアの実家のお金ばかりを当てにして、自分はちょこっと家に関する仕事を執り行い、面倒なところは執事や他に任せっきりにして、目が覚めたタイミングでミスティアにあれこれ押し付け、また眠りにつけば『自分がミスをしたからと、逃げているのですよ』と責任転嫁も出来てしまう。尚且つ、金に困りそうになればミスティアの筆跡を真似して小遣いをサイフォス家にせびればいい。
この生活が、なくなる。
ただ、それが嫌だったのだ。確かに愛もあったのかもしれないが、ミスティアはそれを信じていないし信じようともしない。
「何も言えない、ということは図星なんでしょうね。……呆れた人ですこと」
はぁ、と溜め息を吐いたミスティアを縋るように見たところで何もない。何も、変わらない。
「ミスティア」
「はい、お母様」
「最悪の場合、サインは代理人にしてもらいましょう。最適な人が今まさにこちらへと帰ってきているのですからね」
「分かりました」
「乗り込んできたものの、ぶちのめされて帰るしかない。……お可哀想なセレスティンさん」
ハン、とリリカから見下ろされ、思いきり煽られたセレスティンはギリギリと歯ぎしりをしてからまた怒鳴りつけた。
「うるっさいわよ!! いい気になるのも、いいえ、なって居られるのも今のうち! 何だかんだで旦那様はわたくしを愛しているのですからね! いいこと!? わたくしにかかれば……こんな……馬鹿ども、は……」
にこー、と不自然なほど綺麗に笑っているリリカの手にあった、何かの機械を見て、セレスティンは言葉をゆるゆると小さくしていった。
「何よ……それ」
「そうやって逃げようとするかなー、って思ったから、録音しているのよ。最近発売された魔道具なんだけど、便利よねぇ」
「は!?」
「まだこの国に入ってきてないから知らない人の方が多いけれど、隣国ではとっても流行っているの。そのうちこちらでも販売できるよう、わたくし駆けずり回っていたのだけれど……まさかこんなにあっさり効果の程を確認できるだなんて! 運はこちらにあったようね!」
うふふ、と笑うリリカに対してセレスティンは口をぱくぱくさせて、思いきり怒鳴りつけた。
「卑怯者ーーーー!!」
だが、それを聞いたミスティアとステラは、淡々と冷静に、こう切りかえした。
「いちばん卑怯なのは……」
「あなたでしょう……?」




