第52話 鬼? いえいえ、ちょっと怒っているだけ
「あ……」
レオルグが知らせを受け取り、爆速でこちらに戻ってきつつある頃、リリカからその話を聞いたセレスティンは呆然としていた。
まさか、そこまでするとは思っていなかった。そこまでされるだなんて、想像もしていなかったのだ。
「旦那様が、戻る……?」
「ええ」
「どう、して」
「ちょっと伝手を使って、どこに遠征に行っているのかを確認してみましたの。能力を買われてあちこちに行くのはよろしいけれど……ご自分のご家族の管理くらい、きちんとなさいませ、と」
言っちゃった! と明るく笑って言うリリカと正反対に顔面蒼白なままのセレスティン。
あまりに真逆な二人を見て、一体何が怖いのかとランディは不思議そうに首を傾げる。
ランディにとっては、孫に甘いとても優しいおじいちゃん、なのだから。
「(別に怖くないのに……何でおばあさまはこんなにおびえてるんだ?)」
圧がかけられている中で、ランディはまだ呑気なまま。
リカルドもがたがたと震えているのだが、ランディはそれにも気付いていない。
「父上が……」
「お怒りになるでしょうねぇ、義父様は」
大した問題では無い、と言わんばかりのミスティアの態度に、リカルドは思わずカッとなってしまった。
「お前が離縁だとか言うからだろうが!」
「最初に私に危害を加えようとしたのはどこのどなたでいらっしゃいます?」
言われるとそれに対して間髪を入れず冷たく返すミスティアの様子に、ランディは『やっぱり、僕のことなんてどうでもいいんだ!』と悲劇のヒーローっぷりを一人で発揮しているが、声が出せないからそれを訴えかけようにもできない。
「(あぁもうくそ! 僕に呪いをかけた精霊を殺せばどうにかなるのに!)」
じたばたと暴れ、どいつが自分に呪いをかけた精霊だ、と探すランディだったが、ふとミスティアと視線が合った。
「(お母様!)」
声が出ないけれど必死に母に呼びかけてみれば、ミスティアはランディの方へと歩いてくる。
「……」
「(助けて、お母様!)」
うるうると目に涙を溜めて必死に母を呼ぶが、どうしてかミスティアと視線が合いそうで合わない。
「(アレ……?)」
「……あぁ、本当だわ。ここにあった」
ミスティアがランディの首元に手を伸ばし、何かを掴むような仕草をして、ぐっと握りつぶした。
「お母様! ……っ、声が出る! やったぁ!」
喜ぶランディはまたミスティアを見たが、もう既にミスティアは立ち上がり、どこかへ歩いていき、ぴたりと足を止めた。
【えー……ミスティア、声封じ、といた……?】
「あなたの命の方が大切よ」
一言告げ、それを精霊の中へとゆっくり戻していく。
「だって、あの子の顔を見た? どうやっても無理だし、このままだと尊い精霊がいなくなってしまうじゃない、その方が嫌だったんだもの」
「あの、お母様……?」
呼ばれて振り返ったミスティアの目は、どこまでも冷たかった。
「え……アレ……?」
こんなはずではなかった、とランディは思った。
きっと自分がじたばたと暴れているのを見て、ミスティアが『まぁ、私の可愛い息子がなんてこと!』と助けに来てくれると、この瞬間まで信じていたのだ。
なのに、彼女が助けたのは精霊の命。
「──ふざ、けるな……」
「…………」
「ふざけないでよ母親のくせに! その虫みたいな生き物より僕の命が、声が出ないことが軽いって、何!?」
思いきりミスティアを怒鳴りつけたランディだったが、底冷えするようなミスティアの目に、次の言葉が紡げなかった。
「……っ!?」
「精霊は、言ったはずよ。心から反省すれば、とける、ってね」
「……は?」
そんなこと知らない、と続けようとしたランディは、思い出した。
確かに言われた。
だがしかし、ランディは何を反省すれば良いのかを理解していなかったから、単なる呪いだと判断してギャンギャン騒いでいたのだ。
母に対しての暴言、態度、あれはおかしなことだ、そう認識したはずなのに、心の奥深くではやはり思っていた。だって、父親も同じことをしているのだから自分だけ叱られるのは、おかしいじゃないかと。
「そりゃ、悪いことしたとは思ってるけど、そんなに怒ること!? お母様が役立たずなのが悪いんだから、お母様が謝れよ!」
その言葉をきっかけに、いよいよ残っていたミスティアの表情が、ふつりと消えた。
「…………本当に、過去に戻れるなら昔の私にこう言いたいわ。もし息子が産まれたら、どうにかしてクソみたいな祖母の所にやってはいけない、ってね。でももう無理、母親だからと、それでも役立たずだと言われるなら、そんな役立たずはお前の前から消えましょうね。もう関わることなんてないわ」
淡々と告げられた内容にランディは、『は!?』と叫んだが、ミスティアは書類を床に這いつくばっているリカルドの前に、ばしん!と叩きつけた。
「書いて」
「書いたら、本当に離縁」
「書いて」
あまりの迫力に、リカルドはただ、頷くことしか出来なかった。心の中で悪魔、と罵りたくもなったが、彼女をこうしてしまったのは他でもない、自分たちなのだから。




