第51話 離れていたから、は言い訳にもならない
「……なんだ」
何やら、自分目掛けて飛んでくる特殊な魔力反応。
はて、と不思議に思いながら、メッセージを魔力に乗せてこちらの場所さえ把握してしまえば飛ばしてくる知り合いが一人いたな、と思い出す。
「これか」
その魔力反応をわし、と掴んだ瞬間頭に聞こえてきた、悪魔のような声に、レオルグは顔面蒼白になる。
『レオくんこんにちは~♪ わたくしのこと、忘れたとは言わせないわよ~。うちの可愛い可愛いミスティアを泣く泣く嫁にやったけれど、さんざんいじめ倒してくれたみたいじゃないの。あ、勿論貴方の奥様がね?』
「は!?」
レオルグ・フォン・ローレル。
当主は息子に引き継ぎはしたものの、未だに現役バリバリで働いている厳格な騎士団員。
信頼も厚く、ローレル家があれこれやらかしてしまったこと……特にミスティアとリカルドとの婚約・結婚に関しての諸々の尻拭いをした一人である。
そして、ローレル家を名門伯爵家へと導いて行った立役者でもある。
セレスティンのことは貴族らしいお見合い結婚ではあるものの、それなりに良い関係を築けていると思っていたが、自分が留守の間に色々やらかしてくれたらしい。
『というか、あなた気が付かなかったの? ミスティア、そちら様に毒のお香で体の自由やら何やら色々制限をかけられていたけれど……あぁ、あなたのことだから仕事がどうとかで、まともにみていなかったんでしょうねぇ』
「うぐっ」
どす、と極太の杭がレオルグの胸を勢いよく貫いた、ような気がした。
今、声を届けているリリカに関して、まさかあの厳格なレオルグのことを『レオくん』呼びするほどの猛者だとは、誰も思うまい。
それどころか、セレスティンとの婚約話がなければ、実はリリカこそがローレル家に嫁いでいた、というもう今は秘匿された話は誰も知らない。
「……マズい」
仕事のため、と家を開けていつの間にか家庭崩壊を引き起こしてしまった家の話を聞く度、自分の家はそうならないだろう、とタカをくくっていたのは事実だ。
だがまさか、ここまでのことになっているとは、とリリカの音声を聴きながらレオルグは頭を抱えた。
「リリカめ……今更口出しを……、いや、そうだな。ミスティア嬢は色んな人含め、全てに愛されていた。彼女が口を出すのは母として当たり前のことだ……!」
なお、リリカとレオルグは高等学校時代の幼馴染であり、良きライバルでもあった関係性。
セレスティンとの婚約がなければリリカが婚約者だった、のは確かにそうだが、もしそうであったならばそもそもリカルドは生まれていない。仮に生まれたとしてもきちんとした性格に育て上げただろう。
『色々もっと言いたいことはあるけれど、まずは帰ってきて下さらない? 犯罪者には鉄槌を。あなたの家族だけど容赦なんかはしないわよね?』
声だけしか聞こえないのに、寒気までするのは学院時代のリリカを知っているせいだろうか、とレオルグは考える。
「あいつは敵には容赦ない。友人関係にあろうが、敵とみなしたら……」
呟いて、ぶるりと身体を震わせる。
何せリリカとレオルグは幼馴染という間柄でもある。結婚こそしなかったが、割と何でも言い合える仲故にか、今回の件に関しては子を思う親として、リリカがブチ切れている。
人様の娘さんを無理やり嫁にもらったんだから、大切にしなさい。
そうやって己の妻に伝えていたにも関わらず、聞いていなかった、ということか。
「はぁ……」
レオルグは痛むこめかみをおさえながら、のっそりと立ち上がる。
「あれ、お出かけですか?」
「帰る」
「は!?」
「家が緊急事態だ、そしてこれは俺が不在だったから仕方ないとか、そういうレベルの話ではない。分かれ」
「え、えーっと」
「あとは報告書を整えて提出するだけにしてある、副官のお前なら処理方法を心得ているだろう」
「え!? あ、えーっと、はい」
畳み掛けるように言ったレオルグはとんでもない速さで荷物をまとめ、よっこらせ、とひと声かけてからどでかい荷物を背負った。
「戻ったら連絡を入れろ。その時にローレル家が無かったら、王宮にある俺の執務室まで来い」
「あ、はい。分かりました…………って、えええぇぇぇぇぇ!?!?」
どういうことですか団長!、と声をかける暇もなく、レオルグは転移魔法陣の書かれた魔道具を床に置いて、場所を思い描きぱっと魔法を発動させてしまった。
後に残ったのは、レオルグの投げてくる事務処理にやたらと奔走している彼の副官、そして副官の部下たち。
「えぇと……」
何が、という全員の視線を受け、副官の青年は困ったように苦笑いを浮かべてこう告げた。
「今まで大丈夫だったものが、駄目だったらしい。団長が曲がった事はお嫌いなのは知っているな。どうやら先代ローレル夫人が色々やらかしてしまったようだ」
「うわぁ……」
なお、セレスティンの選民思想的なものは、社交界では有名だ。表立って、ではなく裏で。
それを知っている面々は『ついにやらかしたのか』と呆れて溜め息を吐いたのだが、数週間後に戻ったらローレル家が解体されているなんて、今ここにいる人たちは誰一人、想像などしていなかったのだ。