第50話 さぁ、離縁しましょうか!
「ま、待てミスティア。離縁だぞ、分かっているのか!?」
「はい」
問い掛けに対して間髪を容れずに頷くミスティアと、オロオロし始めたリカルド、そしてランディ。
セレスティンも目を丸くして、何やら言おうとしているのだが、うまく言葉にならないらしい。
「な、何を、お前、嫁、そう、嫁のくせに!」
「……いらないから、離縁する。違いまして?」
きょとんとして問い返すミスティアは、歳不相応にやたらと可愛らしかった。
何でそんなにも無邪気に言えるんだ、とリカルドはわなわなしているし、ランディも『僕のこと大切じゃないの!? 母親だろ!?』と叫んでいるかもしれない。お生憎様、声封じのおかげとでも言うべきか、ランディが何を言おうとミスティアには届いていない。
「ミスティアちゃんのことを散々無能だとか、何だかんだ貶しておきながら……何を仰っているのかしら」
「妹がいらないなら、是非我が家に返品していただきたい」
「そうですわ、我が家は娘が帰ってくることに関しては大賛成ですし!」
「「は!?」」
これもまた、リカルドたちにとっては大誤算だったらしい。
貴族の女性、あるいは男性が離縁されてしまった場合、家の恥だとして追い出される、それだけでは済まない場合は除籍されてしまったりと色々あるのだが、この家族は両手を広げてミスティアの帰りを待ち侘びている。
「出戻りババアになるんだぞ!?」
「妹がどうなろうと、そちらにもう関係ないことでは?」
はて、とペイスグリルから問われれば、リカルドは思わず黙ってしまう。
『母親のくせに子供を捨てるのか!』
ランディがそう書き殴ったメモを見せれば、ステラが困惑したように口を開く。
「あなた……ミスティアちゃんを母親じゃないとかどうとか言っていなかった?」
あ、と呟いているのかもしれないランディは、それ以降手を止めてしまう。
「ハッ! どうせ精霊眼を発現させられなかったランディちゃんを我が子だと認めたくないんでしょう! 浅ましい嫁だこと! 人でなし! 人間のクズ!」
「……ランディには精霊眼を発現させられる才が無いそうですが……さすがに、こればかりはどのような法則で遺伝しているかも判明しておりませんし……あと、他にも精霊眼をお持ちの人はいるそうです。その方を嫁入りさせてはいかがでしょう?」
「…………え」
【有名なのが、この国ではこのサイフォス家だ、というだけだ愚か者】
ミスティアの言葉に続けてトドメを刺しにかかった王は呆れた眼差しをセレスティンやリカルド、ランディに向ける。
【そこの子供、まず本来の属性は土ではないか。どうして風魔法の訓練をしているのだ】
「誰よアンタ!」
【風の精霊王だが】
ブチ切れたセレスティンが、王を指さして怒鳴りつけるやいなや、王がサラリと正体を告げる。
その途端、隠されていた諸々が溢れだしてしまい、精霊王の放つ圧が、容赦なくローレル家の面々に襲いかかった。
「ぎゃあっ!」
「ひいいいいい!!」
「…………!」
もがいたところで抜けられるはずもなく、這いつくばるような姿勢の三人をサイフォス家の面々が見下ろす、という何とも不思議な光景が広がってしまっていた。
見下すのは大好きだが、見下ろされるのは大嫌いなセレスティンは、思いきり息を吸ってから大声で反論し始めた。
「何なのよぉぉぉ!! アンタら、人の心がないの!? わたくしのようなか弱い老婆をこんな風にして、何が精霊王よ! この化け物!」
【…………なぁ】
「駄目です」
何を言いたいか察したミスティアが即反対した。
同意を得ようと王がぐるりとサイフォス家の皆を見渡すも、ペイスグリルやステラからも『駄目です』と×を腕で示されてしまう。
【えー……】
とてつもなく不満そうな王を見て、リリカがいそいそと前に出てくる。
「王、この人たちはきっと人語が理解できない獣畜生なのでしょう。ですから、躾の可能な唯一の人を呼び戻すことがまず先決かと存じます」
恭しく丁寧に、しかし分かりやすく伝えられた内容に、風の精霊王は満足そうに微笑んだ。
【ふむ、そうか。して、そやつは何処におる?】
「とてもお忙しい人ですが、わたくしめの声を風に乗せて届けましょう」
【ほうほう】
頷いている風の王と、リリカの言葉にリカルド、そしてセレスティンは真っ青になる。
「ま、まま、まさか」
「あら、セレスティンさんお気づきで?」
いきなり慌てだしたセレスティンと、のんびりしているリリカがあまりに反対なものだから、ミスティアたちは不思議そうにしている。
「……お母様、一体……」
「わたくしがただ、ミスティアの顔見たさに帰ってきたと思っていて? ふふ、この人たちが一番怖がっている人の場所を探して、連絡を取るためにあれこれしていたんですから」
「ちょっとお待ちなさい! いいこと、これは単にそう、ええっと、色々と行き違いで!」
一体何を言い出すのかと思えば、セレスティンは訳が分からないことを叫び始めたが、リリカは聞こえないフリをして風の精霊王へと向き合った。
「王、このお馬鹿さんたちの所業について、レオルグ様に声を届けてくださいまし」
【レオルグ? 誰だそやつは】
にこ、と笑ってリリカは問いに答える。
「そちらに転がっているセレスティンの夫で、リカルドの父です。あと、セレスティンが大きな顔をしていられるのは、彼がやって来るまでですわ」
あぁ、怒らせたらとっても怖い義父様か、とミスティアがのんびり考えていると、リカルドもセレスティンも可哀想なくらいに顔色を悪くしていた。
何せレオルグは真面目が服を着ているようなかっちりした老紳士であり、ローレル家をまともな方向へと導いた立役者とも言える人だ。
そんな人に、今回の件を伝えたら……果たしてどうなる事やら。
「とはいえ、犯罪者としてちゃあんと警邏隊にも突き出しますけれどね、ふふっ」
最後に付け加えられたリリカの言葉に、床に這いつくばらされている彼らは、今はまだ、呆気にとられることしかできないでいた。




