第43話 反省する人と、しない人と
ローレル家に戻ってきてから、ランディは自分の部屋で考え込んでいた。
「お母様、は……」
祖母から言われていたのは、ミスティアがいかに役立たずなのか、無能なのか、馬鹿なのか、などのありとあらゆるマイナスの事ばかり。
蓋を開けて見てみれば、見事な風魔法の操作に始まり、精霊眼を持っているだの、風の精霊たちに言葉通り愛されていたり、と優秀なところばかりが見えてくる。
しかも、愛し子だから精霊の神子として神殿に仕えることだってできてしまうのだが、ランディの心を占めるのは二つの思いだった。
どうして自分に精霊眼を宿してくれなかったのか。
どうして自分を愛してくれないのか。
一つ目に関しては、ミスティアがどう頑張ったとしても無理なのだ、ということは分かる。
けれど、二つ目がどうして駄目なのかが、ランディにはさっぱり分からなかった。
うんうんと唸っていると、扉が数回ノックされた。
「はーい」
「ランディ様、失礼いたします。お花の交換に参りました」
「あぁ、うん……」
メイドはランディの部屋に入ってきて、慣れた手つきで花瓶にある花を手早く生け替えている。
まだここにやってきてそんなに経過していないのに、手つきが凄く鮮やかだなぁ、とランディが眺めていると、そのメイドが不意にランディの方を見た。
「何かご用ですか?」
「あの、さ。お前には子供がいる?」
「はい。ランディ様と同い年の子が」
にこ、と微笑んだメイドの答えに、ランディは慌てて彼女の方へと駆け寄って続けて問いかけた。
「あのさ! 母親って無条件で息子が……あ、っと、子供が好きなんじゃないの!?」
「無条件で…………うーん……」
懇願とも取れてしまうようなランディの問いかけに、メイドは苦笑いを浮かべた。
「必ずしも、そうではないのでは?」
「……え?」
手にしていた花かごを一旦床に置いて、メイドは床に膝をついてランディを見上げるようにして話を続ける。
「ランディ様がどうしてそのようなご質問をされたのかは、私には分かりません。……でも」
「でも?」
「我慢出来る許容範囲を超えてしまったら……きっと、無理なのではないでしょうか」
「きょよう、はんい」
何だそれは、とランディは思う。
「いやだって、親だろう?」
「はい」
「親ならさぁ!」
「……親も、人の子ですよ」
メイドの言っていることの意味が、分からなかった。
いいや、分かりたくなかった、という方が正解なのかもしれない。
「……それは……そうだけど」
「ランディ様、メイド如きが余計なお世話を、と思うかもしれません。でも」
ひとつ、区切ってからメイドは苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「例えば、仲のいい人から散々罵倒されて、でも次の日にもならない内に『なぁ、遊ぼう!』って言われたら、ランディ様はどう思いますか?」
「え、嫌だよそんなの」
「そうですよね」
「でも、母親なんだよ!? だったら何でも受け入れるのが母親なんじゃないの!?」
それは、到底無理だ、とメイドは苦い顔をする。
何でもかんでも受け入れてほしい、だなんて虫が良すぎる、
彼女は、このローレル家の事情はあまり詳しく知らなかったが、それでも何かを察したようで、また考えて口を開いた。
「もしも私が子供に毎日嫌な思いをさせられたり、馬鹿とかアホとか言われ続けたら……いくら子供だとしても、私は許せません」
「……え……」
「親にも、心はあります。何もかもを受け入れられたら一番良いのかもしれませんが、それが出来ない人だって、いるんですよ」
「でき、ない」
ミスティアは、ランディが罵倒する度どんな顔をしていただろうか。
いいや、自分は祖母が言ったことをそのまま母に伝えていただけで、と思って、小さく声を漏らした。
『ランディ、おやめなさい!』
まだ母が眠らされる前、からかいながら罵倒し続けた結果、とんでもなく叱られて、祖母に泣き付いたら母が祖母から叩かれていたような……と思い出し、一気に嫌な汗がぶわりと出てきたような気がした。
「…………あ」
ミスティアは、ランディが焚き付けられるまま悪口を言い放ち、使用人と一緒になってあれこれしでかした時も、怒ってくれた。
涙を流しながら『そんなこと、どうして言えるの!』と言ってくれたというのに、ランディは『うるさいよ役立ずの無能!』と、更に罵った。
「ぼ、く……」
「この家にどうして奥様がいらっしゃらないか、とかそういうのは、私たち使用人に口を挟む権利なんかありません。でも……」
「……っ」
「でも……後悔がもっともっと大きくなる前に、謝ることも、勇気のひとつですよ」
そこまで言ったメイドは、新しいメイド長に呼ばれたので、と慌ててランディの部屋を出ていった。
「謝ることも、勇気……かぁ……」
思い出すのは、ミスティアの冷たい目。
「愛してくれて、当たり前じゃ……ないんだ」
子供だから許される、とばかり思っていたのに。
ランディは、ぐっと拳を握りしめて、どうにかしないと、と改めて思った。
少なくとも、これからはなるべく祖母との行動は避けなければ、ということは理解したのだった。