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第42話 離縁へ向けて

「いいこと! リカルドに非がないように書類を作りなさい! それから、養育費はたっぷりともらえるようにするのよ!」


 とんでもない要望を突きつけられた弁護士は、思わず手を止めて目の前のセレスティンをガン見していた。


「……は?」

「まぁ、聞こえなかったの? ならばもう一度」

「そうではなくて」


 どこから説明したらいいのだろうか、と弁護士は頭を抱えたくなってしまった。

 そもそもミスティアは何一つとして、悪いところはない。

 セレスティン曰く、『あの女は、精霊眼を可愛い孫に引き継がせなかったから悪い!』ということなのだが、あれはあくまで遺伝というか、才能というか、引き継がせようと思ってできるものではない。

 この弁護士も、多少なりとも魔法が使えるし、精霊眼をミスティアが持っている、ということは知っていることだし、それを誰が引き継ぐか、というのも『必ず次の世代に』ということではない、とも理解している。

 だからこそ、言っている意味が本当に分からないのだ。


「精霊眼は……意識して引き継がせることは出来ませんが……ご存知ないので……?」

「フンッ、知っているわ」

「ではあの、ええと……」

「どうせ何かしらの小細工をして、引き継がせなくした、に決まっているでしょう! あぁ、なんて可哀想なランディちゃん!」


 出来るわけねぇだろそんなこと、と素が出そうになったが、ここは今、仕事場だからと必死に己を律した。

 我慢だ、我慢しろ。

 決して、セレスティンの隣に座っている子供が、ドヤ顔で『ふふん、おばあさまはさすがだな!』とか言っていたとしても、今はまだ反論できない。


 そもそも、この案件引き受けるとも言ってないんだよなぁ……と、弁護士は冷静に考える。


 引き受けるとも言っていないけれど、何故だかあれやこれや暴露しまくってくれたセレスティンの発言はきっちりメモをしておいた。

 何ならこれをミスティアに渡してしまえば、サイフォス家にとてつもなく有利になるのでは、としか思えない証言の数々。


「おばあさまの言う通り、僕は実の母親に育児放棄までされたんだからな!」

「……薬で眠らされていた人が、どうやって育児放棄するんです?」

「え、えぇと」

「精霊との交流を封じられ、動けないように? あぁいやええと、逃げないように眠りの香までも用意していた、だなんて……それ、育児放棄とか以前の問題ですよ」

「そ、そうか! やっぱりお母様が最悪なんだな!」


 ──あ、駄目だこれ。


 弁護士の中で何かがぷつん、と切れたような感じがした。


「……動きを悪意ある行動により封じられた人が、それを行った人たちを見限っただけなので、ローレル伯爵夫人は何一つ悪くありません。どちらかといえば被害者ですし」


 弁護士がひとつ、息を吸ってからそう告げると、セレスティンとランディの目が丸くなる。

 まさか弁護士が全て自分たちの味方だとでも思っていたのだろうか。

 金を積まれればそういったことをする輩もいるが、この弁護士はまず話を聞いた上で、依頼を受けるのかどうか判断する。相談にかかった時間の分の代金はいらない、と告げていたことが、むしろ幸いした。

 代金を上乗せされて受け取りでもしていたら……と考えると恐ろしすぎる。


 しかもセレスティンは、自分の行動を正しいと信じて疑っていないから、ここにランディを連れてきたのもあくまで社会見学、としているが、己の失態を孫に見せただけ、ということになってしまった。


「わたしは、こちらの離縁に関する案件はお引き受けいたしかねます。最初にお話を伺った時は、何とも大変な案件だと思いましたが……蓋を開ければ夫人は何一つ悪くなどない。仮に訴えを起こしたとて、まともな勝負にならないでしょう。というかですね、離縁させたいんならさっさと書類を作ってサイフォス家にお送りして、署名してもらって提出してもらってはいかがでしょうかね?」


 ここまでほぼノンブレスで言い切った弁護士を見て、ランディはぽかんと口を間抜けに開き、セレスティンも見たことのない、何とも間抜けな顔になってしまっている。


「そういうわけなので、お引き取り願えますか? すみませんね、わたしにはどうやってもこれを完全勝利に導けません、さようなら!」


 ぽかんとしている二人の荷物は助手に目で合図をしたら、ぱっと取りに来てまとめてくれた。

 それを持って、他にもいた事務員や助手、他の弁護士の先生らと共に二人をぽい、と事務所の外に追いやってから、ドアをばたん!と閉めて、完了してしまったのだ。


「な……、っ……何て無能な……!」


 追い出された後、少しの間セレスティンはわなわなと震えていたが、ランディを引き連れて屋敷へと帰った。

 ただ、ランディの胸には、弁護士の言葉が刺さったまま、表情も暗いものになっていることには気付いておらず、セレスティンはひたすらにミスティアを帰りの馬車の中で罵倒し続けたのだった。


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