第41話 大切だったもの、そしてこれからのこと
実家に戻ってきて、色々と考える時間ができたことはミスティアにとって大収穫だった。
まず、リカルドとの関係性について。
これは迷うことなく離縁一択なので何も問題は無い。
次に義母セレスティン。
あの人は犯罪を誘導した人として何かしらの処罰を……と思ったけれど、そもそも使用が禁止されているお香を人に対して使用したのだから、それを理由にどうにでもできそうだ。
では、息子ランディは?
「(……普通の母親なら、泣いて謝られたら、絆されて許してあげるんでしょうけれと)」
ミスティアは思う。
そんな御伽噺のような、都合のいい展開なんか、あるわけない。
精霊眼があるなしに関わらず、もしもこんなことが無かったら普通に愛せていたと思う。
むしろ、無いことがあの義母に知られたら、義母からの迫害がとんでもないことになるのでは、とここだけは心配だ。
だが、それはそれ、これはこれ、だ。
母親とて、心はある。
蔑ろにして踏みつけ、砕き、更には言葉の暴力を持ってして散々ミスティアに対して攻撃をしてきた人を愛せるか。
答えは、『否』である。
「眠らされている間、ランディはあの家の跡取りとしてセレスティン様やリカルド様にとても愛され続けてきた。……結果として、あの子の私への感情はとんでもなく最悪なものになった」
ポツリ、と言葉にして零せば、ミスティアの眉間に皺が寄る。
「……」
嫌だ、と率直に思ってしまった。
たとえ自分が腹を痛めて生んだ子であろうが、母親にだって心はある。
母親だからといって、息子の暴言をすべて受け入れて、許して、まるで聖母のような行いをしなければいけないのだろうか、と聞かれればミスティアは迷うことなく『無理だ』と即答するだろう。
「私はね……都合のいいお人形さんじゃないのよ……」
殴ってストレス発散をして、面白がって遊んで。
いざ母親が反抗してみたら慌てて泣き落としにかかる息子、どうして可愛いだなんて思えるのだろうか。
もしかしたら、ミスティアの母としての愛情を以てして、どうにか性格を矯正してやれ、という人だっているのかもしれない。
じゃあ、その人にお任せしたい。ミスティアはそう思うのだ。
「今、私にとっての大切なものは、このサイフォス家の人たちだけ。ローレル家の人なんて、どうでもいいわ。それに、私のことをいつもいつも役立たずだ、って言っていたじゃない」
言いながら嫌気があふれ出してくる。
「ああもう……!」
【ミスティアー】
「……あら」
どうにかしてこの鬱々とした感情を吹き飛ばしてしまいたい、そう思っていると風の精霊たちがふわりとやってくる。
【どうしたの?】
【ミスティア、部屋に閉じこもってるの、よくないからお外行こう?】
「あー……」
そういえば、散歩があまりできていなかった、と思い至る。
体を動かさないと、いつまでも鈍ってしまっていざというときに動けないままになってしまう。
「そうね、行こうかしら」
【ついでに精霊王に会って~?】
「(それは決してついで、ではないわね)」
にこー、と嬉しそうに笑っておねだりしている精霊の様子を見て、思わずミスティアは頭を抱える。
とても可愛らしいのだが、言っている内容は決して可愛くない。
そもそも精霊王とは、とミスティアが考え始めたところで、何かの気配が一つ、追加された。
「え……」
【ほう、顔色が大変良いな】
【王だ!】
ミスティアのことをじっと見て、健康状態に関して何だかご満悦な、とんでもないイケメン。
「……あ、あの」
【ん?】
「どちらさま、でしょうか?」
【おや、覚えてない……というか、覚えていればすごいな、とは思ったが、仕方ない】
あっはっは、と笑いながら、その人(?)はミスティアの目の前にきちんと姿を現した。
さっきまでは気配だけだったのだが、今は実体をもって見えるようにしてくれている、らしい。
「……ん?」
何だか知っているような気配だ、とミスティアは意識を集中して精霊眼を発動させた。
「……風の……精霊王……?」
【おや、そこまできちんと認識できるか。そうかそうか】
とても嬉しそうに笑っているその人は、ミスティアのことをとても楽しそうに見つめている。
先ほど精霊が言っていた『精霊王』とはつまり……。
【精霊ちゃん、精霊王、って……】
【そう、風の精霊王様ー】
言葉が足りてないわよ精霊ちゃんたちーーー!! と内心絶叫しているミスティアがいるのだが、よくよく考えてみれば、風の精霊が言うところの『王』なのだから、風属性の精霊の王、と思ってしかるべきだった。
「あー……なるほど……」
【おやどうしたのだ、ミスティアよ】
「ちょっと頭が追い付かないので、散歩がてら外に行っても良いでしょうか」
【よいぞ、付き合う】
「(拒否権ないのね)」
この精霊王、さすがに精霊たちの王というだけあって、なかなかにマイペースだ。
精霊を人間の行動に当てはめることなどできはしないのだから、それが当たり前。ミスティアに色々合わせてくれているおかげで、あまり違和感が無かった、ということだ。
「ミスティアちゃん、いるかしら~。わたくしとお散歩……」
【ほう、ミスティアの縁者か】
「ミスティアちゃん……そちら、どなた?」
ミスティアの私室をノックして入ってきたステラだが、精霊王の姿を目にして硬直する。
それはそうか……とも思うが、もう先に家族にこの精霊王を紹介した方がいいのでは、ともミスティアは思いつつ、ステラに紹介してみた。
「……ああ、もしかしてミスティアちゃんを治療してくださった……!」
【おや、分かったか。うむうむ、良きかな】
「姉さま、私その話は初耳ですわ」
「まさか、って思ってただけで確信がなくて……」
困ったような表情のステラを見て、納得しつつもミスティアは大きくため息を吐いた。
その様子を見た精霊王は少しおろおろしているようだったが、こうなればある程度こちらの事情にお付き合い願うしかない、とミスティアは腹を括ったのだった。