第39話 本当の役立たずは、一体だぁれ?
ミスティアが役立たずなんかではない、と泣きわめくランディを目の前にして、セレスティンは焦っていた。
一体あの女は何をしたのか、どうやってランディを言いくるめたのだろうか、考えてみても何も想像できなかったし、分からなかった。
「ら、ランディちゃん、……あのね」
「お母様、精霊にとんでもなく愛されてるじゃないか!」
「それ、は」
「何が役に立たない、だよ!」
癇癪を起こしたように泣き叫んでいるランディは、今まで見たことがなかった。
これはまずい、とセレスティンは察したのだが、察したところで宥められるわけもない。
「ら、あの……ランディちゃん、少し落ち着いて? ねっ?」
「僕の方がよっぽど役立たずだよ!」
言いたいことを言いきって、はぁはぁと肩で息をするランディだったが、執事長から返ってきたのは冷静な言葉だった。
「ぼっちゃま、ここで大奥様に怒鳴り散らしたとて、何かが変わるわけもございません」
「分かってるよ……」
あぁもう!とイラついた様子のランディを見て、セレスティンは思う。
あの女、やらかしてくれたな、と。
しかし、ここでセレスティンが誤解していることがいくつかある。
ひとつ。
ミスティアがランディを愛しく思っている、ということ。
ひとつ。
ミスティアが、リカルドを愛しており、気を引くためにあれこれやらかしたと思っている、ということ。
ひとつ。
セレスティンのことを、ミスティアが恐れていると思っている、ということ。
そもそもミスティアの本来の性格はとても明るく、朗らかなことに加え、敵だと認識したら一切の容赦などしないのだ。
家族に対してまだ情がある、と思い込んでいるセレスティンは、その事実には気付いていないどころか、精霊が見えなくなって困りきって、弱っていた時の状態のミスティアを長く見ていることもあり、『あの女は気弱だ』という思い込みすらある。
「っ、ランディちゃん、よくお聞きなさい!」
「……何さ」
「あの女、強がっているだけなのですからね」
フン、と鼻息荒く告げられた内容に、ランディはぽかんとする。
無駄にセレスティンが自信満々に言うものだから、『あれ、そうなのかな』と錯覚してしまうくらいには、あっという間に呑まれた。
「契約があったとはいえ、あの女はリカルドを愛している。愛していなければあなたという可愛い孫ができるものですか!」
「……そう、なのかな……」
「そうよ!」
だからそんなに怒らないで、おばあちゃまにお任せなさい!と胸をどん、と叩いたセレスティンの自信が、果たして何処から湧いて出たのだろうか……と執事長は冷めきった目を向ける。
ミスティアは、ランディもリカルドのことも、愛してなんかいない。
そもそも、興味すら失っているのではないか、という徹底ぶりを発揮している。
でなければ、実家に頼ったとはいえこんなにも徹底した報復行為はしないだろう。
「(大奥様は……いや、言ったところで信じまい。言うだけ時間の無駄だ)」
はぁ、と溜め息を吐いてから執事長はぱん、と手を叩いた。
「ぼっちゃま、大奥様、とりあえずは屋敷の使用人達の立て直しにご尽力願えますか」
「……あらいやだ、わたくしとしたことが」
「あ、ごめん……」
「いいえ。ですが、大奥様。……もしもミスティア様に報復なさるのであれば、お気をつけください、とだけは申し伝えさせていただきますね」
「フン、馬鹿馬鹿しい!」
またもや鼻息荒く、セレスティンはずんずんと屋敷の中を歩いていく。
進んだ先で、新しい使用人を叱りつける声が聞こえてきたのだが、ランディはそれを頼もしい!と受け取ったらしい。
「おばあさま……!」
キラキラした目で見つめる彼を、執事長はどこまでも冷ややかに見ていた。
たったほんの少しの魔法で、才能の豊かさを示しただけでなく、あっという間にこの屋敷全体を制圧した、といっても過言では無いミスティアと、ステラ。
更にはペイスグリルだって、一秒たりとも油断してはならない。
そしてオマケに彼らはミスティアの影響もあるだろうが、精霊たちからとんでもなく愛されている、というオマケもついている。
そんな彼らにどうやって報復するというのだろうか。
「(……さっさと、出頭した方が良さそうだ)」
執事長は、あまりここに居てはならないと改めて察し、誰に言うでもなくひっそりとこの家から居なくなった。
しかし、引き継ぎ事項だけは然と紙に書き残していた、というから、仕事だけはきちんと完遂したとも言えるのかもしれない。