第34話 一つ目のお片付けは完了
【あー、すっきりしたぁ】
きゃっきゃと精霊は哂う。
サイフォス家への帰りの馬車の中で、ペイスグリルに懐いている精霊達はくるくると彼の周りを飛びながら、とても上機嫌に先ほどの悲劇を、演劇を見て興奮している子供のように語っていた。
【もうこれで】
【あいつらは盗みができない!】
【やーったー!】
最後の情けで、一応警備隊の治療担当者から止血だけはしてもらった彼らは、もうこれからまともに働けず、国が定めている規則に則って、慎ましやかに暮らしていくしかできないだろう。
しかし、貴族の屋敷で盗みを働く馬鹿が基本的にはいないため、国の制度がどこまで整っているのかだなんて、誰が確認するのだろうか。
平民ならば、周りの人が助けてくれることだってあるだろう。
彼らは互いに助け合って生きていくし、誰かを目に見えるように悪しざまに言ったりはしないのだから。
では、貴族の屋敷で働いている彼らはどうなのか。
貴族の屋敷に仕える使用人は、大体が貴族だったりもするのだが、稀に平民で学のある者や、一定期間奉公をすることで学校に通わせてもらったりなど、特殊な事情がある者が多い。
前者の場合、長期休暇などを利用して帰省した際は、実家であれやこれやと自慢話に花を咲かせることに加え、周囲にももれなく自慢大会が始まる。
そうなると『ああ、お高く止まっている』と、周囲から冷たい目を向けられていることに気付かないまま、少しずつ彼らから距離を取っていく人も中にはいる。
「……さぁ、ご実家の家族は、どこまで彼らを受け入れてくれるのだろうねぇ……」
ペイスグリルの呟きを拾った妖精たちは、にこ、と可愛らしく微笑んだ。
【ニンゲンって身勝手だからね】
【手が使えないなら、どうするのかなぁ】
【手が無くなったヤツを、どうやって受け入れるのかなぁ】
でもでも! と精霊達は揃ってこう言った。
【そもそも、役立たずを受け入れるのかなぁ!!】
けたけたと笑う彼らを見て、ペイスグリルは内心恐ろしくてそれどころではない。
自分がミスティアの、愛し子の兄だから身内びいきされているだけかもしれないし、精霊達はどこまでも気まぐれだ。
願わくば、サイフォス家の人間には優しくあれ、と思いながら、もう見えなくなったローレル家の方を向いて、小さくため息を吐いた。
「ご愁傷様、だ。手を出しちゃいけない人に手を出すから、こうなっただけのことなんだから」
ミスティアは愛し子だが、ペイスグリルに懐いている精霊達は純粋に、彼の魔法の腕に惚れ込んでいる。
こっそりとペイスグリルの心の内を読んだ精霊が、ペイスグリルに耳打ちをしてきた。
【ペイスグリルは、ボクたちの大好きな人だからね】
「……こら」
【えへへ】
魔法の腕を磨いてきて、そして彼らと友好的に付き合えていて良かった、と心から感謝したペイスグリルは、残りの帰路を楽しむべく、指先に水の球をぱっと出現させる。
「さぁ、家につくまで遊ぼうか」
【やったー!!】
【ペイスグリル、それ貸して貸して!】
ペイスグリルが作った水の球で、精霊達はまるでボールで遊ぶかのように、それを投げ合ったりしている。
いつか、自分たちの元に子供が出来たら……こうやって幼い頃から精霊達と遊ぶのだろうか、とペイスグリルは目を細めて遊んでいる精霊達を飽きることなく眺めていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何だ、これは……」
まさに惨劇、と言わんばかりの光景に、帰宅したリカルドとランディは、呆然とした。
使用人達が泣き喚き、よくよく見れば大半は手首から先がないではないか。
止血こそされているが、とんでもない状況であることには変わりない。
「ランディ、見るな!」
「とう、さま……これ、って、なんで……?」
恐怖に震える声で、どうにか問いかけたランディだったが……リカルドにその問いに対する答えなんか持っているわけがなかった。
「……っ、何なんだ、本当に……。誰がこんなことを……くそっ!」
「ああ……旦那様……ぼっちゃま……」
リカルドが怒鳴りつけた直後、執事長がよろよろと歩いてきた。
執事長と、他数人だけが『法に裁かれる』という罰を選んだ。だから、腕も無事だったが見るからに憔悴しきっている。
「……使用人達が、勝手に売り払った装飾品などについて、奥様は役人に問い合わせをしていたようです……! そのせいで、皆が……」
まるで自分達だけが被害者かのように、泣きながら事情を説明した執事長を見て、リカルドの怒りもランディの怒りも一気に膨れ上がった。
――だが。
「……あれ?」
いつもと、様子が全く異なっていたのだ。
「父様……何で……」
いつもならば、体をめぐる魔力が溢れ、ぶわりと毛が逆立つようなくらいになるというのにも関わらず、何も起こらない。
「どう、して」
風の精霊が、やってこないどころの話ではない。
そもそも、魔法が起動しないのだ。
リカルドは、わなわなと震えながら自分の手を見つめた。
「(こんなはずじゃなかったのに、何が起こっているんだ――!)」




