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第31話 手始めに

 ローレル家の使用人達は、玄関ホールにまとめられ、がたがたと震えていた。

 幸いとでも言うべきか、当主であるリカルドと息子のランディはいない。執事長曰く、ぼっちゃまのメンタルケアに出掛けております、ということらしい。


「そうか、好都合だ」


 微笑んで頷いたペイスグリルは、使用人一同をぐるりと見る。

 一体なんだ、と震えながらも警戒する使用人の態度を見て、ペイスグリルは『うーん』と唸った。


「何だてめぇ! おい、いいか、この家は代々由緒正しき……」

「犯罪者まみれの名家、とでも言うのかな」

「……は!?」


 あっけらかんと告げられた言葉に、使用人達は呆然とする。

 確かに、ミスティアのものを盗んで売り払ったり、勝手に持ち出したりはした。でもそれだけだ、と甘く考えていたのがとても悪かったのだ。


「……そもそも、他人の物を勝手に持ち出して売り払う、だなんて……普通の人間が持ち合わせている神経ではないと思うんだが、どう思う?」

「それ、は」


 あっさりとした問いかけだが、内容は凶悪そのもの。

 事実なのだからしょうがない、とはいえ、許可を出した人がいるのだから仕方ない、という良く分からない理論の元に暴走しまくっていたのだ。


「しかし、大奥様が……」

「そうだ、嫁の物はこの家の物だから、別に誰が持ち出しても何も罪には問われない、って」


 馬鹿だ、とペイスグリルが思っていたら、精霊たちがいっせいに気持ち悪そうに顔を顰める。そして自分たちの声が聞こえるようにと騒ぎ出した。


【馬鹿だ!】

【ボクらでもわかる! この人間、馬鹿丸出し!】


「な、なんだ!?」


 ありゃー、と呑気そうに笑っているペイスグリルに、使用人たちの怒りはぐぐっと高まった。血気盛んな若い使用人がペイスグリルに殴りかかろうとしたが、彼らはもう一つの存在を忘れていた。


「サイフォス男爵、お下がりくださいませ!」


 殴りかかろうとしたペイスグリルを庇うように、警備隊の面々がざっと前に出てきた。


「な、何だよ!?」

「――黙れ」

「ひ、っ」


 低く、ただ一言発せられた言葉に、使用人はばっと後ろに下がる。

 どうしてこいつは、と思うけれど外から大きな声が響いて、次に足音が聞こえてきて、扉が荒々しく開け放たれたかと思えば、ぐったりしている門番を、他の警備兵が引きずってきたらしい。

 ぽい、と使用人達の方へと気を失った門番が投げられれば、慌てて彼らは逃げるように後ろへさがった。


「コイツ……門番か?」

「何で濡れて……」


【なぁんだ、生きてた】


 驚いている使用人達とは真逆に、精霊たちはつまらなさそうに口を尖らせて文句を口ぐちに言い始める。


【ペイスグリル、やっぱ息の根止めておこう、って言ったのに~】


「後始末が面倒だろう?」


 あっはっは、と笑っているペイスグリルに、警備隊の隊長がそっと耳打ちする。


「サイフォス男爵、この者らどうなさいますか」

「そうだねぇ……。僕の妹にやって来たことと同じことをやれば良いのでは、とも思うんだが……」


 うんうん、と精霊が迷いなく頷いたものの、ペイスグリルはじっと使用人達を見渡した。

 彼らの目の中にあるのは、「どうにか全員生きていれば、コイツをやり過ごせられるのではないか」という淡い期待。

 せめて丸見えはやめろ、隠せ、とペイスグリルは思うけれど、生き延びたい、罪人として連れていかれたくないという感情が思ったよりも前面に出ているらしい。


「でもさ、仕返しって結構面倒なんだよ? 例えば、そうだなぁ……」


 ペイスグリルは再び考え、そして微笑んで続けていく。


「売り払ったものを取り戻すために奔走してもらうと、きっと楽しい」


「…………え?」


 どこに売ったか、なんて覚えていない。

 とりあえずこの国ではないことは確かだが、どこだっけ……と素直に呟いている使用人もいる。

 国内で売り払っている人は、しめた!と思ったに違いない。


 だが。


「普通に質屋に入れた、くらいだったらいいんだけど……買取希望します、とか言った馬鹿もいるだろう? ということは、買い取り金額の返却もあるんだよねぇ。その辺は……」


 ペイスグリルは微笑んだまま、柔らかな口調で淡々と語る。そして床に座り込んだ使用人に視線を送り、問いかけた。


「お前ら如きが返せる金額ではない、ということくらいは把握しているんだよな?」


 あ、と誰かが言った。

 別に大丈夫だ、と思ってあの状態で判断をしてしまったが、そうでないことに今回ばかりはいち早く気が付いたのだ。


 ペイスグリルの口調が、視線の冷たさが、共に変わったことにも気付かずに震える使用人達はヤバい、と思い始めるが遅すぎる。


 なお、売り払って小銭を稼いだ品物たちはペイスグリルやステラを始めとしたサイフォス家総出で取り戻している。

 何せ人脈がとてつもないサイフォス家だから、ちょっと色々手を回し、あれこれツテを使いまくって幸いにもコレクターの手に渡る前に回収できたことだけが良いことだった、と言えるが。


「……っ、どうし、よう……」


 一人のメイドが泣きそうに言うが、ペイスグリルは何とも思えない。

 自業自得、やったことが己に帰ってくるだけの話しなのだから、別にそこまで悲観的にならなくて良いだろうに。


 だって。


「何を言っているんだ? 自分がやられても良いから、他人にもやるんだろう?」

「は……?」


 信じられない、とメイドはドン引きな様子で言うが、ペイスグリルも彼を守っている警備隊も、特に何とも思っていないような普通の顔をしている。


「そんなわけあるか!」

「なら、何故やった?」

「……」


 はて、と不思議そうに返せば黙る使用人。

 何だ、自分の頭で考えられない馬鹿か、と再認識したペイスグリルは警備隊の隊長の前に出て、告げた。


「選べ。品物を取り戻してミスティアに土下座をして許しを乞うか、今ここで盗人としての裁きを受けるか」


 使用人全員ひっくるめて、だからなと付け加えれば、何もやっていない使用人とやらかしてしまった使用人の睨み合いが開始されたが、そんなこと知ったことでは無い。


「……せいぜい、仲間割れでも何でもやってくれ」


 ペイスグリルは、ただ微笑む。


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