第30話 突入、そして確保
それは、ミスティアが実家であるサイフォス家へと帰ってからおおよそ一か月が経過した頃だった。
ステラに破壊された屋敷の修繕――主に門や扉の修繕となるのだが――を終えて、ミスティアがいないこと以外は平和そのものな日々だったが、門の外にやってきた人たちによって平和は破壊された。
「失礼、少々伺いたい」
「お約束はされていますでしょうか?」
物腰柔らかな男性は、門番からの問いかけににこりと微笑んだ。
「約束なんかなくても、問題ないんですがね」
はいどうぞ、と差し出された用紙を見て、門番は揃って顔を見合わせる。
「何だこれ……」
「え……」
その書類の内容を確認して、さぁっと顔色を青くする門番二人。
内容は到底信じられるものではなかった。
「これ……何かの間違いじゃ……?」
「そうですよ、盗品売却の容疑とか……は、はは……」
「間違いではありません」
笑顔のまま、淡々と告げてくる男性に門番は恐怖を覚えた。
これは、何だか本格的にまずい。
本能がそう告げている。
「いやだって、盗品の売却に関わっている、だなんて……」
「あっはっは」
朗らかに笑う男性につられるように、門番も笑おうとしたがそれは出来なかった。
「噂通り、悪質な家のようだ」
「…………え?」
「ここ、見えませんかね」
書類の一番下を指して男性は言う。其処を見てみると、とある一文が。
「……えっと……『この書状を持っている限り、強制逮捕の権限、あり』って……」
つまり、目の前の男性は強制捜査をできる人、ということ。つまりは警備隊の一員というわけで……と、ここまで考えていれば、男性が門番の肩に手を置いた。
「さ、開けてくれるかな。ここは犯罪者が多いそうだから、早々に取り掛からないと間に合わないんだよ」
肩に置かれた手に力が入り、ぐい、とかなり強い力で押し退けられた門番だったが、何が出来るわけでもないのだから、ただ入っていくのを見ているしかなかった。
彼一人が、と思っていれば次々やって来る、先ほどの男性と同じ制服を着た人物が少なくとも10人はいたのではないだろうか。
「嘘だろ……」
門番は、ただその光景を眺めていることしかできない。
ああ、もしかして就職先間違えたのか、と思っていたが、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
そういえば、メイドの何人かがミスティアのものをこれから売りに行くんだ、と楽し気に教えてくれた記憶がある。
まさかあれが盗品……と考えるが、そもそもミスティアのものを売りに行く=許可があるわけがない、ということではないのだろうか。
今になってこんな簡単すぎることに気付くなんて、と真っ青になる門番だったが自分達にも何かしらのとばっちりがるのではないか、と考えていると、不意にぽん、と背中を叩かれた。
「ひえっ!?」
「どうかしましたか? とても顔色が悪いようですが……」
「あ、いえ……何でも、なくて。あはは」
笑って誤魔化したが、門番の背中を叩いた男性――ペイスグリルは目が笑っていなかったのだ。
「何もないわけないでしょう? これからあなた達の地獄が始まるんだから」
あまりにもあっけなく言われた爆弾発言、もとい死刑宣告に門番二人はついにへたり込んでしまう。
「そん、な」
「人の妹を散々馬鹿にしてくれたようじゃないか?」
「妹……って、この前来てた女は」
「ほう?」
二コリ、と凶悪な笑みになったペイスグリルは、ぱちん、と指を鳴らして合図を送る。
【はぁーい!】
出てきたのは彼に懐いている水の精霊たち。
にこにこと機嫌良さそうにしている精霊たちだが、よくよく見ていれば如何に怒っているのかが分かる。とはいえ、これは精霊が見える人限定であって、見えない人には何が何だか、という状況。ただ、見えているのは水の球が二つ、門番の顔の高さに浮いているところだけ。
【溺れちゃえ~!!】
きゃっきゃと笑って水の精霊が水の球を思いきり押し出せば、顔から始まって体全てを呑み込むかのように水球が大きくなって、とぷり、と覆い尽くしたのだ。
「~~~~!?!?!?」
「あっはっは、皆は殺気満々だなぁ」
【ミスティアのこともそうだけど、このクソどもステラのことも馬鹿にしてた】
【ステラは女だけど、女、って名前じゃない、許さない】
ペイスグリルに懐いている精霊たちは、ミスティアのこともそうだがステラのことも大好きなのだ。
だから、うっかりしたことを言うとこうなる。
――が、そんな事は知らないうっかりさんは、この門番のようになってしまう。
「……うっかりの発言には気を付けたまえ。人の大切な家族を、馬鹿にしたかのような物言いは、わたしも聞いていてイライラするんだ」
きっと、水の中にいる彼らには聞こえていないだろうけど、ペイスグリルは続けた。
「ああ、すまないね。聞こえていないだろうけど……一応、忠告だ」
愛しい家族を守るため、救うため、ペイスグリルは敷地内へと歩を進めた。
もう既に、屋敷は阿鼻叫喚となっていたのだが、精霊たちもペイスグリルも、微笑みは絶やさない。
「ミスティアのケアはステラに任せている。仕上げはミスティアにさせるもよし、ちょっとボコしてしまおうか」
まるで、死刑宣告のそれは、空気に溶けて、消えた。