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第29話 スッキリ

「……何だろう、これ」


 確か、昨日精霊ちゃんが来たような気がする……とミスティアは考える。

 昨日までの熱はどこへやら。

 ぱっちりと目を覚まして、起き上がれば汗びっしょりの嫌な感じこそあれど、もう熱特有のあのだるさはどこにもない。


「…………治る速度、おかしくないかしら」


 あの熱は、きっとストレスやらなにやら、色々なものが原因に違いないはずだろうに、こんなにもあっさりと下がって、しかもだるさも何も残さず回復するだなんて……と考えていると、遠慮がちに部屋の扉がノックされる。


「? はーい」

「ミスティアお嬢様、失礼します。額のタオルの…………取り換えに……」

「あ、それもう大丈夫ですわ」

「…………へ?」


 よく見知った侍女が部屋に入ってきたのだが、ミスティアの顔を見てぶわ、と涙が溢れてきているらしい。


「え、あの」

「み……ミスティアお嬢様……!」

「もしもし?」


 ボロボロと涙を零している彼女を見て、さすがにミスティアは動揺する。

 待て待て、私は何をしてしまったのかと焦るが、手にしていた桶を放り捨ててミスティアの元に駆け寄ってきて、がばっと抱き着いてくる。


「あの、桶、水が!!」

「お嬢様ああああああ!!」

「……人の話聞いてほしいなぁ……?」

「よか、った……良かった、です……!!」


 ぐずぐずと泣く侍女を見て、ミスティアは本当に心から困惑していた。

 一体どうしてこんなにも泣いているのか、そんなに感激するほどの再会ではないような気がするけれど……と考えていると、桶を落としたがらんごろん、という大きな音を聞きつけて、他の面々もミスティアの部屋にやって来た。


「ミスティア様!?」

「お目覚めになったんですね!!」


「ええと……つまり、私めっちゃ寝てたんですかね……?」


「めっちゃ、なんてものじゃないくらいにですよおおおおお」


 侍女曰く、高熱は下がる気配がないわ、起きたとしても目が虚ろでどこを見ているのか分からないわ、話しかけても唸り声しか上げないわで、結構な勢いで皆最悪の状態を覚悟したらしい。

 それを聞いたミスティアは目を丸くする。

 ただ寝込んでいただけじゃないのか……と思って、ミスティアに抱き着いている侍女の背中を優しく擦る。


「あの……ごめんね、心配かけて」

「こうして目を覚ましてくれたのだから、もう何でもいいです……!」


 ああ、愛されているな、とミスティアはくすぐったいような気持ちになる。

 あの家を出てきて、本当に良かった。

 あのままあそこに居れば、命の危機だってありえたかもしれない。


 とはいえ、まず何日寝ていたのだろうか、という素朴な疑問が浮かんでくる。


「ねぇ、私どれくらい寝ていたの?」

「おおよそ……一週間ほど……」

「嘘でしょう!?」


 言われてみれば、起き上がったもののとんでもなく腰が痛い。

 よいしょ、と腕を回してみれば、ごきごきと肩が鳴る音も聞こえてくる。


 どうやら寝返りは打たせてもらっていたらしく、床ずれはなさそうでほっとするミスティアだが、そんなにも重篤だったのに何であっさり目が覚めたのだろうか、という疑問が膨れ上がった。


「……ねぇ、誰か治癒魔法でもかけてくれたの?」

「まさか!」

「ミスティア様の熱、治癒魔法でもなかなか下がらなかったんですから!」

「え、えぇ……?」


 そんなにえらいことに、とミスティアが驚く中、使用人の隙間をぬうようにして兄であるペイスグリルが部屋に入ってきた。


「ミスティア、目が覚めたと騒がれていたが……本当に起きたのか」

「あの……兄さま、これって一体何がどうなって……」

「わからん。寝返りは打たせていたが、どうやってもお前の熱が下がらなくてな」


 兄も同じことを言っているから、決して嘘ではなさそうだ。

 だが、そんなにも簡単に熱が下がるなんて……とミスティアが考え込んでいると、ペイスグリルが部屋を見渡す。


「……ミスティア、ここに誰か来たか?」

「誰か、って……」


 誰が? とミスティアは聞き返すが、ペイスグリルには心当たりなんかない。


 ただ、気配がほんの少し残っているのだ。


 人ではない、何か他のもの。

 しかし邪悪ではなく、むしろ清廉な何か。


「……わかりません……でも」


 その『誰か』あるいは『何か』がミスティアの熱を下げてくれたのでは……? という予測に行き当たり、声に出さずとも、兄妹は理解しあったのか、うん、と頷き合った。


「悪いものでは、決してないですわ」

「そうだな。……ところでミスティア、何か食べられそうか?」


 兄に言われ、はっとしたミスティアがお腹を押さえる。

 きゅう、と小さく鳴ったのを耳ざとく聞きつけた使用人何人かが走っていった。きっと、何か食べられるものを用意してくれるに違いない、きっと。


 本当に、実家の使用人たちには感謝しかできないな、とミスティアは微笑んでくれてこっちを見ている彼らに、ふっと優しく微笑み返したのだった。

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