第26話 嵐の帰還、なのだけれど
「ただいま……って、何なのこの雰囲気は!」
意気揚々と帰ってきた、前ローレル伯爵夫人であるセレスティン。
屋敷の中がどんよりしているのは勿論なのだが、まず帰宅して早々に屋敷の門がなかった。門番に聞いたら『すみません、もう馬鹿にしませんから!』と何だか訳の分からないことを言っていたのだが、見当がつかなかった。
「ちょっと、これはどういうことなの!」
「お、大奥様!」
力なくよろよろと歩いていた執事長を捕まえたセレスティンは、彼の胸倉をがっちりと掴み上げた。
「どうして屋敷の中がどんよりとしているのか答えなさい!」
「その……」
「……おばあさま……」
力なく聞こえた声。
セレスティンが溺愛してやまない、このローレル家の次期当主になるはずの精霊眼を継承した可愛い可愛い孫のランディ……のはずだった。しかし、ランディは目を真っ赤に腫らしている。
「まぁまぁランディちゃん! 何があったというの!?」
「僕……、お母様にひどいこと、言って……取り返しが、つかなくなって……」
「お母様……ああ、あの役立たず」
一瞬誰のことを言っているのだろうかと考えたセレスティンだが、ミスティアのことをすぐに思い返して心底嫌そうな顔になる。
そもそも、ミスティアがいなければ精霊眼もクソもないということに、セレスティンは気付いていないのか何なのか。
「あんな女、気にしなくても良いのですよ。ランディちゃん、一体なにがあったというのかおばあちゃまに話してごらんなさい?」
あやすように優しく言い聞かせると、ランディはぽつぽつと話し始める。
自分に精霊眼が継承されていないということ。
そもそも、ミスティアがランディを子として認識をしてもいないこと。
この家をまるっと見限ったこと。
話しているうちにじわ、と涙が滲んできたランディだったが、直後に響いた祖母の高らかな笑い声に目を丸くした。
「おっほほほほ、まぁまぁ、あの馬鹿女ったらそんな悔し紛れの出まかせを!」
「……え?」
高らかな笑い声がようやく収まったところで、使用人たちも執事長も、動きを止めてセレスティンを驚いて眺めている。
くすくすとまだ笑いながら続けるセレスティンに、ランディはまだ不安そうな顔をしているが、それを吹き飛ばしてやろうと言わんばかりに肩をぽんぽんと叩いた。
「ランディちゃん、精霊眼の発現には時間がかかるものなのですよ?」
「でも、お母様は僕の頃にはもう発現してた、って……」
「そんなわけあるもんですか!」
自分が何かを知っているわけでもないのに、セレスティンは自信満々に胸をはって言う。
だが、その様子を見た使用人達は何だか元気づけられたのか、じわじわと顔が明るくなっていく。
「いやあの、でも」
精霊たちだって、と言おうとしたが使用人達がわっと騒ぎ出したせいで、その声は届かなかった。
「大奥様、本当ですか!」
「ええ、本当よ」
「なぁんだー、あの奥様マジで最悪! 信じちゃった!」
「まぁまぁ、お前たちもランディちゃんも、あの馬鹿嫁の言うことを真に受けすぎですわよ」
再び『おほほほほ!』と高笑いするセレスティンだが、執事長だけは顔色が悪いままだ。
リカルドから諸々を聞いているせいか、セレスティンの言うことはにわかには信じられなかった。いいや、信じていては負けるのはこちら。
……とは言いつつも、もう既に負けはほぼ確定している。
メイドが主の所持物を盗んだ挙句に売り飛ばす、という前代未聞のことをしでかしているのだ。
サイフォス家はペイスグリルの号令のもと、既に売却されたアクセサリーの足取りを全力で追いかけている。売った人間の情報も同時進行で探しているし、ミスティアに使われた違法薬物ともいえるあのお香の出所も調査が開始された。
それを知る人物は、今、ここには居ない。