第25話 愛し子
「愛し子、って」
【そう、ミスティアが愛し子】
「あの……愛し子」
【そう】
うんうんと頷いている精霊を見て、次にペイスグリルとステラは互いに顔を見合わせた。
存在は知っているが、まさかそれが義妹、もしくは妹だなんて誰が思うというのだろうか。
「ええと……愛し子なのは一旦置いておいて」
【ペイスグリル、置かないで。現実なんだから。っていうかボクら、ちょいちょい愛し子、って言ってた】
「ミスティアは何をしなければいけないんだ?」
【聞いてない! あ、でもミスティアには王の祝福、受けてほしい。でもでも、更にその前に】
「なぁに、精霊ちゃん」
にこー、と擬音が付きそうなほどに微笑んだ精霊は、どこで覚えたのかくい、と親指立て、そのままくるりと反転させてからくい、と下にやる。
【ミスティアを虐めたやつ、許さない】
「いやまぁ」
「それはそうよ、精霊ちゃん」
ここで、人間サイドと精霊サイド、意見が完全一致した。
ミスティアに害為したもの、死あるのみ。
精霊にとってはかけがえのない愛し子で。
ステラやペイスグリルにとっては、可愛い可愛い妹(義妹)で。
大切な存在を傷つけられたら、容赦なんかしてやらないのだ。
「とりあえず使用人達は……まぁ今後の未来にも絶望してもらうとして、だ」
「ローレル家を潰すとなれば、ちょっと準備が必要ですけれど……見せしめもオマケで追加いたしませんと、わたくし気持ちがおさまりません。そう、例えば……」
にぃ、とステラは笑う。
「あのリカルド・フォン・ローレルも風魔法を使うでしょう? なら……」
【クソ野郎、風魔法使えないようにしてやろうか】
「とっても物分かりが良い上に察しのいい精霊ちゃんで、わたくし安心したわ」
うふふふふ、と笑い合っていると、いきなりドアが蹴破られる。
蝶番も何もベッコベコになったそれを見て、修理を手配しなければ、と思っていたら乱入してきた人が、一人。
「ええ……?」
「まさか……」
「わたくしの可愛いミスティアがあのローレル家に舐められた挙句虐待されていたですって!?」
一番厄介な人、来たなぁ……とステラとペイスグリルは思わず頬を引きつらせた。
確かにステラもミスティア激ラブなのだが、それ以上にミスティアを愛する者はいる。
そう、ミスティアの実母であるリリカ・フォン・サイフォス。
確かこの人、今は引退して気ままに諸国漫遊に行っているのでは……? と、ステラが思ったところで、にっこり笑うリリカと視線が合った。
「ステラさん、風はどこにでもふいているでしょう? さぁて問題です、わたくしの得意な属性は?」
「え?」
いきなりなんだろうか、と思ったけれど、隣でペイスグリルが『あ!?』と叫んだ。
「まさか母様……」
「精霊たちが気を利かせて教えてくれたの!」
胸をはってどや顔を披露するリリカを見て、ペイスグリルは思わず頬を引きつらせた。
精霊は確かに自分達に優しいが、状況を楽しんでいる可能性だってある。それを理解していない母ではないはずだが……と悩んでいたものの、味方が増えるのは良いことだ。
「ローレル家の女狐……もとい、リカルドの母であり、ランディからすれば祖母であるセレスティンも、ぶちのめしちゃいましょう。えぇ、一切の手加減は不要!」
にぃ、と悪どい笑顔を浮かべたリリカは、自分が蹴破ったドアのところに走っていく。
「大丈夫よ~、セレスティンはわたくしが担当するから! ああ、でもメインのリカルドはミスティアちゃんにトドメ、刺させないといけないから残しておくのよ?」
「離縁させれば……」
「反省するように、そして我が家を馬鹿にした罰も必要でしょ?」
やぁねぇうふふ、と微笑んでいるリリカは、ある意味で敵に回してはいけない人。
実務からは引退したとはいえ、未だに社交界に顔はきく。
未だに女性限定のサロンにも呼ばれているくらいの人なのだが、果たしてセレスティンがそれを覚えているだろうか。
恐らくこちらのことは『どうせ男爵家だから』と、舐め切っているから、甘っちょろい対応しか考えていないはずだ。
だったら、その甘っちょろさを利用して叩き潰す。
水面下での動きは、ローレル家が想像していないほどに素早い。
油断するならしておけ、とペイスグリル、ステラ、リリカは密やかに微笑んだ。
なお、このやり取りに関しては外に漏れないよう、細心の注意を払っている。
まず、ミスティアを奪還できたのだから、次からはもう遠慮しない。
というか、ミスティアだって遠慮しないはずだ。
普段怒らない人が怒ると、……どうなるのか。
それは――神のみぞ知るのだ。