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第20話 返せるわけがない

 返せ、と言われても返せない。

 だって売り払ってしまったのだから、どこにあるかだなんてもう知らない。足がつかないように少し遠くの街へ行ってから売り払った。


「返せ、って」

「私の母が持たせてくれたジュエリーと――」


 ミスティアの視線がステラに向かう。

 なぁに? と可愛らしく問いかけてくるステラに微笑みかけてから、すい、とメイドを指さした。


「ステラ姉様、姉様からもらったお揃いのネックレス、無くなっておりますわ」

「まぁ……」


 微笑んでいたステラが、すっと真顔になる。

 察したかのようにステラの周りの精霊たちが一気に狂暴化し、怒りの感情に呼応したかのようにゆら、とステラのドレスの裾が持ち上がった、かと思った時。


「ふざけたことしてくれるじゃないの」


 ステラの目は完全に据わっていた。

 だから、迷いも躊躇もしなかった。


 ゴッ、と一瞬だけ低い音がしたかと思えば、圧縮された空気の弾丸がメイドを襲った。


「――――っ!」


 悲鳴をあげる暇もなく、ただ彼女はとんでもなく圧縮された空気の弾丸に襲われる。逃げることすらできず、襲われるがまま部屋の壁に思い切り体を打ち付けられた。

 ずるずるとそのままへたり落ちていく。

 もしかしたら相当な勢いだったので骨折なんかもしているかもしれない。

 ぶつかった時の音、というか風の弾丸が壁を破壊するときの音がすごかったので、他の人がやって来るかもしれない。


 だが、ステラが贈ってくれたアクセサリーも、母がくれたアンティークジュエリーも。

 兄から誕生日プレゼントでもらった貴重な鉱石で作られたブレスレットも何もかもが、もう、ない。


「……別に、また買えば良いのに」


 ぽつりと呟いたランディの言葉に、ミスティアは『ああ、どうしようもないな』とため息を吐いた。


「ではあなたも新しい母親を用意してもらえばいい、それだけの話ではなくて?」

「え……」


 どうしてそうなる、と反論したかったランディだが、ミスティアの目に宿る本気を見て何も言えなかった。

 無くなればまた買えばいい、確かにそうかもしれない。だが、自分の過失により失くしたものと、『そもそも盗難にあってなくなった』ものでは意味合いが異なってくる。更に家族からもらった大切なものばかりが無くなってしまったのだから、また買えばいい、だなんて思えるわけがない。

 いいや、そもそも買えるかどうかすら分からないというのに。


「買うことが出来たら苦労しないわ。一点物のオーダーメイド。しかも職人はもう引退している……引退記念に、と私とミスティアちゃんに作ってくれたアクセサリーだったのに、どうやって責任を取ってくれるというのかしら」

「それは、あの」

「ミスティアちゃん、この子ランディとかいった?」

「そうですわ」


 ランディが答えに困っていると、ステラがしゃがみ込んでがっちりとランディの頭を鷲掴んだ。


「ひいっ!?」

「あなたのここに詰まっているのは、粘土かなにか? とーっても頭が悪いようだから、一応教えてあげるわね?」


 微笑んでいるのに目が座ったまま、ステラは滾々と続ける。


「人のものを無断で持っていくのはそもそも悪いことなの。それから、それを売り払って、その代金で遊んだりするだなんて、とてつもないクズ人間です、って自己紹介をしているの。ランディくん、あなたはそんなクズ人間を庇うのだから、同じタイプのクズ人間ね」


 お子様にも分かりやすいように言い聞かせつつ、ランディのプライドらしきものもステラはへし折りにかかったようだ。

 いくらミスティアの子であるとはいえ、人でなしを甥っ子として可愛がるだなんてできるわけがない。


「もし、新しいもの……そうね、全く同じものをあなたがあのクソメイドの代わりに用意したとしましょうか」

「は、はい」

「でもそこに、わたくしとミスティアちゃんとの思い出は無いわ」

「え?」

「お揃い、って言ったでしょう? お揃いでつけて、パーティーに参加したりしていたの。その思い出も一緒に返してくれるというならば、この屋敷の使用人たちをみーんな集めて、売り払ったものと寸分違わず同じもの、同じ宝石なんかを使って復元させた上で、その中に宿っている思い出も返してくださる?」


 ──そんなもの、返せるわけなんてない。


 そう言いたかったが、言えなかった。

 それほどまでに大切なものを奪い、売り払って遊ぶための金に換えていたのだから。

 ランディだって、その金でお菓子をたんまり買ってもらった。読みたい絵本も、遊びたいおもちゃだって、買い与えてもらった。

 幼い子ながらに、自分のやったことがようやく恐ろしいことだと少しだけ理解したらしい彼がぽろ、と涙を零すも、やらかしが大きすぎて信用なんかしてもらえるわけが無いことにも、ランディも、そしてぶちのめされたメイドだって、気付くわけがないのだ。


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