第19話 返して
頬を打たれたメイドは、一瞬状況が分からなかった。
あれだけ普段虐げられていたくせに、起きたと思ったらとんでもなくアクティブに動き回った挙句、離縁だなんだと騒ぎ始めた。
どうせリカルドの気を引きたいがためにそうやって騒いでいるんだ、と皆決めつけていたがどうやら違うらしい。
「あ、の」
叩かれた方の頬を押さえ、おずおずとメイドがミスティアに問いかけようとした時だった。
「私のアクセサリー類、見事に盗んでくれたみたいね。この犯罪者!」
やばい、と咄嗟に思った。
寝ているのをいいことに小遣い稼ぎだなんだと、メイド数人がミスティアのアクセサリーなどを売り払ったのは知っている。
だって、自分もやったから。
なお、そこそこいい値段になったので家族皆で少し豪華なディナーを楽しんだことは記憶に新しい。
「いや、あの、これは」
「挙句の果てに無断で人の部屋に入り込むだなんて、どういう神経をしているのかしら……」
無断で人の部屋に、のあたりでランディがぎくりと強ばったのだがミスティアは気にしない。
そもそも、人の部屋に入るなら許可を得ろ、という話しだ。
ミスティアは最近この部屋に入っていない上に、本人ではなくメイドが普通に入っているのだからもう色々とアウトではないだろうか。
ステラはミスティアの後ろでとんでもなくドン引きしており、その顔を見たランディもメイドもやばい、と察したらしい。
部屋に入った時点でやばいと思えよ!とツッコミを心の中で入れたものの、ミスティアの持ち物までもが無くなっているのだから、入った意味がなくなってしまった。
「お、おかあ、さま」
「……」
「ちょっと、ぼっちゃまが貴女を呼んでいるでしょう!?」
メイドの言葉に、ミスティアもステラもきょとんとして首を傾げる。
「ミスティアちゃん、呼ばれているわ」
「はぁ……」
「ねぇ、ちょっと!?」
ミスティアがちらりとランディを見ると、ランディは顔をぱっと輝かせる。それを見たメイドが「なんと健気な……!」とか言っているが、ミスティアはうーん、と唸ってからしれっと告げる。
「最初に母親がいらないとか言った人、誰でしょうねぇ」
その指摘を聞けば、ランディもメイドも硬直した。
何を今更、としか思えない反応に、ミスティアは困惑したように溜息を吐いた。
「今更母親呼ばわりされたところで……」
それに続くのは『困ります』という無情な台詞。
「で、でもお母様がお母様なのは、事実、だし」
「そうね、産んでしまった事実だけは変えられないのよ、困ったことに」
「!?」
うそだ、と力の入らないランディの言葉を聞いたところで、ステラもうんうんと頷いている。
「確かにミスティアちゃんはあなたのお母様だろうけど、あなた自身がミスティアちゃんを否定したから、色々放棄しちゃったのよね」
「そうですわ」
どうして、と後悔したところで遅すぎる。
リカルドのことも見限るのは早かったが、ランディに関しても息子だからとて遠慮の欠片もない勢いで見限った。
「子供だぞ! 親ならちゃんと世話しろよ!」
【え?】
【だーい好きなおばあちゃまがいるからいいよー、とか言ってたのに?】
「な、何だ!?」
精霊はあえて声だけ聞こえるように細工をして大声で叫んだ。だから、ランディがいくら風属性の精霊と親和性がなくとも、声は聞こえたらしい。
おろおろと周囲を見渡しているが、姿は見えていないから軽い恐怖の現象になっているらしい。なお、精霊たちはランディの周囲を飛び回りながらだいぶランディをバカにしている。それが見えているステラは笑いをこらえることに必死だ。
「そうよねぇ、声しか聞こえないんですものねぇ」
ぷくく、と笑いながら言われたステラの言葉に、ランディは顔を真っ赤にしたが見えないものは見えない。
ステラに対してもっと反論してやろうと思った矢先、ミスティアがメイドに手を差し出した。
「とりあえずランディさんは黙っていてもらってもよろしいかしら? ねぇあなた、私の持ち物をひとつ残らず返して?今すぐに。早く」
それは無理なんです、と即座に謝りたかったけれど、それができない雰囲気であることは明らかだった。